近年、野球界で不可欠な存在となっているのが「アナリスト」だ。
今年3月、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)連覇を目指した侍ジャパンで“チーム最年少”として戦ったのが22歳のアナリスト、冨樫佑太さんだった。
普段、慶應大学の通信制で学びながらトラックマンジャパンに勤務する冨樫さんは、侍ジャパンの「データ担当」としてどんな役割をはたしたのだろうか。
2晩でアプリを自作
「バッティング練習の映像って、あとで見られるんですか?」
WBCに向けた調整を進める宮崎合宿中、冨樫さんが打撃ケージの後ろで練習を見守っていると、多くの選手からリクエストが寄せられた。冨樫さんにとって、想定外の要望だった。
プロ野球の打撃練習は「打周り」と言われ、4人1組で2カ所の打撃ケージで行われるケースが多い。侍ジャパンではその模様を横に置いたカメラでずっと撮影しているが、一定の球数が来たら次の選手に交代するため、選手個々の動画としてまとめるには既存の編集ソフトでは作業をしにくいという。
そこで冨樫さんは「A選手の1、2、3周目を結合して、出力できるアプリ」を自作することにした。もともとプログラムの知識があり、AIも活用すれば形になるだろうとイメージして、映像と数値を見られるアプリを10〜15時間で完成させた。
「ゴールが見えていて、どうすればそこにたどり着けるかもイメージできていたので、そんなに難しくはなかったです」
現場の要望を踏まえ、どうすれば実現できるかを構想し、プロダクトして完成させる。それもアナリストの仕事の一つだ。
アナリストの多様な仕事
2026年のWBCで、侍ジャパンにはトラックマンジャパンから2人のアナリストが派遣された。冨樫さんと、上司にあたる星川太輔さんだ。
宮崎合宿中、ひなたサンマリンスタジアム宮崎のブルペンではトラックマンで測定する冨樫さんと星川さんの姿が常に見られたが、両者には役割分担があった。冨樫さんが説明する。
「星川は選手と話していくなかで、数字を見ながら『握りがどう』などと直接会話する機会が多いタイプです。一方、僕は選手に聞かれたら答えるという感覚で、トラックマンの担当としてはバックグラウンドから環境づくりを考えることが多かったです」
一般的に「アナリスト」と聞いて想像されるのは星川さんのような職務だろうが、実際にはさまざまなタイプがいる。ゲームアナリスト、データアナリスト、戦略アナリストなどだ。
冨樫さんは自身のタイプについて、「現場型というか、すごく複雑です」と語る。
「大きな役割として、機材を運んで設定するのもアナリストの仕事です。そのデータを処理してレポートの作成、選手へのフィードバック、さらに選手が見られるようにするためのデータサーバーの構築やウェブサイトの構築も行います。自分としては『バックオフィス・アナリスト』という感じで、練習を支える側のアナリストだと思っています」
“独自の道”が現在の強みに
野球界では近年、アナリストの志望者が増えている。実現の道はさまざまあるが、冨樫さんの歩みはユニークだ。
高校時代は神奈川県にある立花学園の野球部で捕手としてプレーし、3年時、“不純な動機”でアナリストを兼任するようになった。同級生に正捕手がいて、スタメンで出るのは難しそうと感じたからだ。
「120人くらいいる部員のなかで埋もれるのではなく、自分なりの役割というか、もっとチームに貢献できないかなと思いました」
当時、世間では著名人などによるオンラインサロンが流行していた。冨樫さんは部員向けに似たようなものを開設し、ラプソードで測定した球速ランキング表や、配球チャートなどを公開。さらに書籍を参考にして科学的トレーニングを共有し、部員たちと実験しながら良かった点と改善点を議論するグループを立ち上げた。
卒業後は東洋大学に通いながら、立花学園の学生コーチに就任。トラックマン社のアルバイトに応募し、千葉ロッテマリーンズでパートタイムとして働きながら(※立花学園の学生コーチは退任)、プログラミングやAIの活用は独学と仕事を通じて身につけた。
「当然ですが、アナリストの誰もがプログラムを書けますし、理解できます。でもロッテで働き始めた頃の僕は全然わからず、『自分は全然ダメだな』と劣等感を覚えました。ちょうどAIが世に出始めたタイミングで、本を読みながらAIと対話して、いろんなことがわかるようになっていきました」
大学3年生になる直前、野球アナリストの仕事に夢中になり、勉強と両立するために退学した。慶應大学の通信制で学びながら、現在に至っている。
冨樫さんはアナリストとして野球部に所属したり、大学や大学院で学ぶという“メインルート”を歩んでいるわけではない。独自の道を歩みながらさまざまなことに興味を膨らませ、独学で知見を重ねてきた。そうした強みが今回、侍ジャパンの宮崎合宿で活かされた。
「パトリック・ベイリー(クリーブランド・ガーディアンズ)のフレーミング動画が欲しいので、つくってください」
同じ捕手の若月健矢(オリックス)が他のデータ担当に頼んでいるのを聞いて、冨樫さんは以前趣味でつくったことを思い出した。高校時代、正捕手を何とか勝ち取ろうとフレーミング技術を磨いたこともあり、名手として知られるベイリーのまとめ動画をつくっていたのだ。誰に見せるためでもなく、自分で鑑賞するために制作した3分の動画が、ひょんなところで役に立った。
「冨樫くん、マニアックだね(笑)」
横でやり取りを見ていた星川さんの一言は、冨樫さんにとって最高の褒め言葉だった。
トップ選手に共通する“好奇心”
冨樫さんは普段、高校や大学の野球部に計測に出かけることもある。今回、WBCを控えた侍ジャパンの宮崎合宿から本大会まで帯同し、日本で野球界の最高峰にいる選手たちは、どんな点で異なっていただろうか。
「好奇心がすごくあるなと感じました。貪欲さと言うか」
例えばブルペンで誰かが投げ始めると、どんな球を投げているのかと見学に来る投手がたくさんいた。特に多くの関心を集めたのが、昨季後半のパ・リーグで「ベストでは」という声も聞こえた種市篤暉(ロッテ)だった。
「本当に見てほしいです」
ブルペンで見学後、報道陣にそう話したのが髙橋宏斗(中日)だった。
「とにかく球筋がすごい。種市さんの真っすぐとフォークのコンビネーション、あれは手が出ないです。回転数もそうですけど、回転軸とか変化量とか、あれはすごいです」
同じく見学した一人、伊藤大海(日本ハム)はこう語った。
「シーズン中からとんでもないなと思っていました。自分が思っていた数値と、実際に投げている数値がどんなものなのかを見比べてみたいなと。特にフォークがやばいです。真っすぐもすごいけど、空振りを奪える理由がそこにあるなって感じます」
どうすれば自分はもっとうまくなれるか。WBCを控えた侍ジャパンの選手たちはとにかく貪欲だった。
そうした好奇心こそ彼らを突き上げる原動力であり、アマチュアの選手たちとの大きな差ではないだろうか――。
冨樫さんが日本最高峰の選手たちと間近で接した感じたことは、今後、日本球界をもっと繁栄させていくためのヒントでもある。
※後編に続く
(文・写真/中島大輔)

