アマチュア野球におけるデータ活用の最前線 成功のカギは「コミュニケーション」にあり 元慶應義塾大学野球部助監督・竹内大助

リーグ戦でベンチから戦況を見つめる竹内氏(左から2番目) 提供=慶應義塾大学野球部

 2018年まで社会人野球の名門・トヨタでプレーし、その後、慶應大学の助監督となった竹内大助氏。裏方としてチームをサポートする立場で、竹内氏が力を入れていたことのひとつに“データ活用”がある。竹内氏が在籍中、同大学は6シーズンを戦い、リーグ優勝3度、日本一を2度経験という素晴らしい成績を残した。その裏で行われていたデータ活用の現場に迫りたい。


  データと一口で言っても、その内容はさまざまである。野球においては、個人の成績などのスタッツと呼ばれるデータや、それを掘り下げて分析するセイバーメトリクスもある。選手の身体能力を測定して、それを管理するのもデータであり、そこに加え、別の記事では過去に、“新データ”と称したような、打球速度や、ボールの回転数などといったものもある。ひとことで“データ活用”といっても、その実態はさまざまだ。

 竹内氏は慶應大学において、それらを、選手たちのことを“客観的に評価できる材料を作る”ために活用しようと考えた。

「私がデータ活用を取り入れたいと思ったきっかけはいくつもあったのですが、ひとつは近年、部内において故障が多かった点があります。特に、ピッチャー陣に故障離脱してしまう選手が多く、なかなか全員が満足のいくシーズンを送れないという反省がありました。故障を減らして、全員が良いコンディションで戦える仕組みを作りたいと思ったんです」

 まず、取り組んだのはコンディション管理。跳躍力や走力などの身体能力を定期的に計測する他、選手たちに毎日自分のコンディションを入力する仕組みを導入した。違和感のある場所があるかないかなどはもちろんのこと、いま自分の体力がどれくらいあると感じているかというようなことを数値で記入させる取り組みも実施した。

「これはどのレベルのチームでもあることだと思いますが、例えば身体の不調を正直に訴えてしまうと、試合に出られなくなってしまうのではないか、という不安から、どうしても隠しがちになってしまう部分があったと思います。そこを選手たちとの会話の中で、『起用の基準にするのではなく、自分達の身体を守るため、成長させるために活用する』ということを訴えて、取り組んでもらいました」

(提供=慶應義塾大学野球部)

 体力が万全の場合を『100』とした場合に、その日はどれくらいあるのか、睡眠がどれくらい取れたかなどを集計。選手たちが正直に入力していくことで、例えば特定の練習のあとには体力の消耗を感じやすいなどの傾向がみえてきた。「そういった数字の積み重ねができたおかげで、大事な試合前の過ごし方などをうまく設計できた」とは竹内氏。一般的にはデータ活用には適さないような選手の主観的な情報も継続して取得することによって、ゆくゆくは客観的な情報として活用することができる。コンディション管理の重要性は、短期的な部分では見えづらいかもしれないが、継続していくことで間違いなく、選手たちの力になりうるだろう。

竹内氏が感じた客観的データの有用性と注意点

 慶応大が取り組んだのはそれだけではない。冒頭で新データと称した、回転数などのデータの計測も定期的に行った。野球のプレーはできないが、観戦や物事の分析等をするのが好きという人材を部外から募集し、アナリストチームも発足し、積極的に取り組んだ。

「取り組む中で、練習と試合でどのようにパフォーマンスが変わっているかを解析できました。練習では非常に良いボールを投げているのに、試合で結果を出せない選手がいたときに、練習と同様のパフォーマンスが発揮できているのか、そもそも試合のときには自分のボールが投げられていないのか、ということを、試合と練習のデータを見比べて理解することができます。それが理解できると、フォームの問題なのか、メンタルの問題なのか、はたまた配球の問題なのかといったことを選手ごとに考えられるんですね。これは大きなことだなと思いました。」

それ以外にもチームマネジメントの観点でも大きなメリットがあったという。

「これらのこともそうですが、一番良かったことは、選手との会話、スタッフ間での会話に“共通言語ができた”ことです。良かった、悪かったという主観的な評価ではなく、数値という普遍的な情報をもとに会話をすることによって、より円滑で内容のある会話をすることができました。」

選手とコミュニケーションを取る竹内氏(中央) 提供=慶應義塾大学野球部 

 客観的なデータをみて、選手たち個々がより自分に向き合うことができる。また、それをスタッフ含めて共有することで、選手たちへの指導も的確に行えるようになった。ただし、「全てがうまくいったわけではない」と竹内氏は警笛を鳴らす。

「選手たちも我々の共通認識としても気をつけたのは、データが全てではないということを理解した上で、取り組むべきだという点です。データ活用はあくまで手段であって、試合に勝つこと、バッターであれば打つこと、ピッチャーであれば抑えることが目的で、その目的を達成するための手段であるということですね。どうしても数字が残るようになると、回転数はここまで持っていきたい!というように、目先の数字を達成するために、手段のはずがそれを達成する目標になってしまったりします。そうならないように常に話をしてきました」

 それ以外にも注意点がある。

「コンディション系のデータにしろ、パフォーマンス系のデータにしろ、あくまで参考であることには変わらず、しかも個々で特徴は大きく変わるというのを強く理解しなくてはいけないと感じました。ひとつの数値・事象において、ある選手のデータ上はうまくいった取り組みがあって、それを別の選手にも参考として伝えたのですが、結果は全く違うものになり、うまくいった取り組み例の信用度も下がってしまうということがありました。やはりそこはケースバイケースなんだという部分も理解しなくてはいけないです」

選手と共に汗を流す竹内氏(手前) 提供=慶應義塾大学野球部

 3年間で現場において取り組んできたことで、データへの理解を深めた竹内氏がいま思う結論がこれだ。

「客観的な分析ができることにより得られるものはたくさんありますが、それをいかに活用してパフォーマンスの向上に繋げられるかは、選手たちとのコミュニケーションにあると思います。あくまで参考であるということを伝えながら、選手が抱えていることを理解して、ともに客観的なものも見ながら練習に取り組む必要があると思います。うまく活用できるか、指導者側も当然学ぶことが必要ですし、選手との信頼関係を生めなくては、良い結果にはつながらないですよね」

 ひと昔前に比べれば、野球におけるデータを取り巻く環境は格段に変わりつつある。それを有効活用するために、学び、そして向き合うことが必要である。いつの時代も、根本は一緒だ。

(了)

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