高校野球の激戦区・神奈川県において、歴史的な出来事が起きたのが2019年夏のこと。前年まで3年連続で優勝を果たしていた王者・横浜高校を、公立校である相模原高校が撃破したのだ。神奈川県大会の長い歴史において、公立高校がベスト4入りするのは史上初のできことであった。環境面ではどうしてもハンデのある公立校野球部がいかにして奇跡を起こしたのか。当時からいまなおチームを率いる佐相眞澄監督に、話を聞かせてもらった。
激戦神奈川で打倒私立を掲げて
神奈川県立相模原高等学校、通称“県相(けんそう)”。その名のとおり、神奈川県の相模原市に位置する同校が話題を集めたのが、今から4年前の夏のことだ。私立校のような、立派な専用グラウンドがあるわけではない。野球場としてはひと周りもふた周りも小さなグラウンド内で、“打倒私立”を掲げながら、日々の練習に励んでいる。

(大きな照明設備はないが、工夫した練習方法が目立つ)
「保護者のみなさんやOBさん、また地域の方々の応援・支援のおかげで、選手たちには練習に集中できる環境を用意することができています」
そう語るのは、同校の監督を務める佐相眞澄監督だ。日体大出身で、元々は中学校教員として軟式野球部を指導。相模原市内の3校で指導者を務め、いずれも全国大会へと出場させた経歴を持つ。2012年より指導の舞台を高校野球に移すと、前任の川崎北高校で秋季大会でベスト4となり、神奈川県の21世紀枠校に選出された。現在の県立相模原高校に赴任後は、14年に秋季大会でベスト4、翌15年の春季大会では準優勝を飾り、そして19年に夏の大会でベスト4へとチームを導いた。

(県相模原・佐相真澄監督=本人提供)
「“軟式”、しかも“中学校野球”出身の監督として、最初は白い目で見られましたね(苦笑)。まだ、選手たちと一緒に甲子園で勝つという目標を叶えられたわけではないので大きなことは言えませんが、高校野球の指導者へ舞台を移してから18年、今の県相では11年監督をやってきた中で、少しずつステップアップはできているかなと思います」
同校のグラウンドの角には、選手たちが荷物をまとめているスペースがある。そこには野球部の訓示が数多く並ぶ。『学校は公立、野球は私立』、『投球の目的とは−』そして、『甲子園一勝』など。さらに、選手たち全員の名前が書いてあるホワイトボードには、個人の目標がそれぞれ記載されている。

(ベンチには部のさまざまな訓示が掲示されている。)
「2年半という短い期間の中で結果を残さなくてはいけないですから、選手たちには1日1日を無駄にすることのないよう、常に自分がどうなりたいかを考えながら練習に取り組むように意識づけしています」
言葉の力で選手たちを引っ張るのが、“佐相流”。激戦区・神奈川県で勝ち抜くため、選手たちの意識の持ち方には常に気を使っているという。
基本の大切さをときには魂をぶつけて
同校の練習において選手たちに常に説いているのが、「基本の習得」だ。昨今、YouTube等でさまざまな技術論が目に入るが、選手たちにはまず、基本の大事さを伝えるようにしている。
「真似ることはいいことだと思っているので、見るなとか、挑戦するなとは言いません。私自身も最近の技術論などはいろいろとチェックして、頭に入れるようにしています。ただ、打つにしろ、投げるにしろ、基本となる部分については守るように伝えています」
基本として、具体的には「トップの作り方」などについては、一貫した指導を行うようにしている。
「私は中学校も指導してきた経験があるのが強みだと思っているのですが、まだまだ身体が成長する過程にある選手たちが、トッププロの技術論を試してもまだ身体がついていかないことがあると思います。身体ができていても、理論が自分に合っているかは別問題であることを考えると、まずは自分の土台になるような基礎の部分をしっかり身につけることが大事だと思っています」
細かな技術は、身体ができあがってからでも身につけることはできる。そのため、まずはひとつ集中して、基本の習得を意識づけさせる。
「選手たちにとっては短い3年間です。なので、間違った方にいっているなというとき以外は選手たちを尊重しますが、絶対に正しくないと思う方向に進んでしまっているときはこちらも責任をもって伝えます。練習における態度についても同じですね。叱る、というといまの時代にそぐわないと思いますが、ときには魂と魂をぶつけあうというか、お互いに、はっきりモノを言わなくてはいけないときもあると思っています」

(県立相模原高校・佐相真澄監督)
自主性は重んじながら、道を逸れた時はしっかりと向き合って正す。そうしてしっかりと選手としての軸を作ってあげることに注力している。
大事な“秋”の過ごし方。指導者がすべきこと
選手たちを目標に向かって後押しすべく大事にしているのが、“秋の取り組み”だという。
「夏の大会が終わって、新チームになるタイミングで、各地方の強豪校との練習試合を組めるように心がけています。なぜかと言うと、自分たちがどれくらいのレベルにあるのかというのを理解してから冬の練習に入ってほしいからです。同県内の強豪を倒して甲子園にいき、一勝することを目標に掲げるのであれば、この冬にどれくらいのレベルアップを自分たちがしなくてはいけないかというのを、理解してほしいのです」
冬の練習期間というのは、できることも限られ、選手たちにとっては退屈であり、苦痛なことのほうが多いだろう。ただ、そこでどれだけ意欲を持って取り組めるかによって、春を迎える頃の成長度合いは変わってくる。3年間で2度しかない、冬の期間に成長を促すべく、秋の過ごし方を意識している。
2019年にベスト4へといったことで、ここ3年間は多くの新入部員にも恵まれた。
「私立校でもなく、数多くある高校の中で、県相を選んでくれた選手たちですから。一緒に夢をみたいんですよ」

(目標は甲子園出場のその先まで見据えている)
目標はまだまだ先にある。この冬も選手たちとともに長くの時間を過ごしてきた。最後にいまの指導者たちへの想いを聞かせてもらった。
「指導者にとっては難しい時代になったなと思っています。特に、若い指導者の方達は本当に苦労が多いかな…と。それでも、若い世代のみなさんが指導を続けられなければ、野球界の発展はありえないですから、難しいですけれど、意識を強く持って指導の現場に立ってほしいです。私自身も、いろいろな課題に直面しています。いまの時代は理不尽が許されません。ただ、社会って、理不尽なことが多いじゃないですか?高校野球に取り組んだ選手たちが社会にでるときに、そういった理不尽さを乗りこえられるように、いろいろなことは伝えていってあげてほしいなと。私自身はそう、思っています」
難しい時代。それでも、第一に願うべきは選手たちが明るい未来を切り開けるようにすることだろう。意識高く、限られた時間の中で、野球に携わった選手たちの人間的な成長を目指しながら、夢をみさせてあげてほしい。大きな目標を掲げる佐相氏は、そう願っている。

