この7月、武蔵小杉にある「ベースボール&スポーツクリニック」が新施設をオープンした。6日(土)・7日(日)に同院でオープニングイベントが開催され、シンポジウムや新施設の公開が行われた。
国内の注目施設を紹介する本連載の第2弾として、施設内覧会の様子や創設に込めた想いを紹介したい。
(写真 / 文:白石怜平)
5年間かけて描いた構想がついに具現化
ベースボール&スポーツクリニックは馬見塚尚孝理事長が2019年に開業したクリニックで、武蔵小杉駅から徒歩約5分に位置する。
「野球医学でみんなを笑顔に!」
という理念のもと、野球に関するあらゆる障害の治療と予防、復帰後のパフォーマンスも見据えたサポートを行っている。
「野球肘」、「野球肩」と呼ばれる投球肘・肩障害や、馬見塚理事長が「野球腰」と呼ぶ腰椎分離症などに対する整形外科的な治療と予防、
鉄欠乏性貧血や亜鉛欠乏症、女性アスリートの課題である月経困難症や無月経などへの対応、さらにはコーチング学を活用した診療など、野球障害に関係する様々な分野をシステムデザインの手法を用いて、包括的な診療を行っている。
スタッフの体制も充実しており、ドクターや理学療法士・看護師・管理栄養士、育成コーチも在籍し、包括的な支援を行っている。

ベースボール&スポーツクリニック本院(提供:ベースボール&スポーツクリニック)
開業から5年の節目を迎えた今年、同院から徒歩約1分の場所に新施設がオープンする。ピッチングやバッテング、フィジカルトレーニングが可能であり、様々な分析が可能な測定機器が常設されることになった。
この新施設の構想は、馬見塚理事長が開業時から抱いていたものである。それがついに実現し、オープンを記念して2日間にわたりイベントが開催された。

練習施設とともに様々な計測機器も用意されている
”第二の大谷翔平を育成する”の真意とは?
7日のプログラムでは、最初にシンポジウム「日本野球の未来像」が開催された。馬見塚理事長を始め、NHK-BSで放送されている「ワースポ×MLB」の制作に関わった面々が参加した。
シンポジウムの際に馬見塚理事長は目指している形として 、”第二の大谷翔平選手を育成する”ことを挙げた。
ただ一口に言っても、大谷翔平選手を育成する=メジャーで二刀流ができる選手を多く輩出することそのものではない。その本質を説明した。
「上手くなりたい人にそれぞれが持つポテンシャルを最大限に発揮するために、全ての分野でサポートする体制をつくりたいという意味です」
ここでは、大谷選手がメジャーリーグでもトッププレイヤーに君臨している要因の一つにデータの理解があることが話題になった。
この日、ドジャー・スタジアムからオンライン登壇した米国在住のスポーツライター・丹羽政善氏に馬見塚理事長がアメリカでの選手育成について問うと、大谷選手の例を挙げた。
「彼はデータも大好きなんです。今の時代は選手がデータを自身で解釈できないといけないです。データを勉強してその結果を踏まえてトレーニングをする。
なので、会話でも『スイーパーのVAA(Vertical Approach Angle)は7.0台の選手っていないですよね?』と答えています。『VAAってなんですか?』とは言わないです。データの話を盛り込んでも普通に答えられています」

前半のシンポジウムでは「日本野球の未来像」を語った
これを踏まえ、アナリティクス面でもサポートしていきたいと語った馬見塚理事長。
同院でもデータ測定に加えてリテラシーも高めるべく最新機器を導入し、栄養状態のチェックも行うなど改善を続けてきた。
”第二の大谷翔平選手を育成”するべく、さらに体制を強化していきたいと述べた。
選手を”助修”する場所に
馬見塚理事長にイベント後、改めて本施設で描きたい世界観を訊いた。
「日本野球には、日本古来から作られてきた良き文化と新しい時代にマッチしていかなければならない課題があります。
いたずらに海外の野球を真似るのではなく、イノベーションを起こす取り組みを通じて、新しい時代にマッチできることに貢献したい。
その方法としては、野球医学を培っていく中で得られた治療・予防そして”助修”を構築してきたプロセスが役立つものと考えております」

治療と予防に加えた新たなプロセスを確立する(提供:ベースボール&スポーツクリニック)
ここで述べた”助修”というのはシンポジウムでも述べられており、同院の未来をつくる一つの大きなキーワードとなっている。ここでの定義も以下のように加えた。
「助修とは、”修身”すなわち自らを高めようとする取り組みを助けることです。日本野球はこの修身に関して良いことと改善が必要なことがあります。
野球医学を構築するときに学んだ整形外科・内科などの医療知識と、コーチング学やトレーニング学などが挙げられるスポーツ科学はイノベーションを起こすために必要な基盤となる知見です。
第二の大谷翔平選手育成とは、この様々なサイエンスと日本文化を融合したプレーヤーの修身を助修することなのです」

修身をサポートする”助修”が必要と考える(提供:ベースボール&スポーツクリニック)
新施設で導入されている最新の計測類
内覧会では、現在稼働中のものと今後さらに拡充するものについて公開された。
野球の解析において、投手用には可動式のマウンドを用いたブルペンを設置。防球ネットで仕切りができてさらに整備され次第、既にあるラプソードで計測が開始される。
ブルペンでは、SPLYZA Motion(スプライザモーション)というマーカーレスでの動作解析が可能なアプリを用いる。設置したタブレットから撮影しその場で各関節の角度と加速度を計測することができるアプリである。

タブレット端末から撮影し計測ができる
結果を真横の壁にあるディスプレイに映し、選手の解析結果を見ながら即時でレクチャーを行える。この可視化したデータを元に、肘の位置や角度といったポイント絞った指導や怪我の再発防止などに努めている。

可動式マウンドと計測結果を映すディスプレイ
上述のネットが整備され次第、バッティングは「BLAST」で計測する。スイング・打球の速度や角度を計ることができる。

投球を受けるとともに、バッティングの計測も行える
投球や打撃の他、走塁時の測定も可能となっている。
スピード能力の向上とアジリティー改善に向けた測定を行う光電管でスプリントや方向転換のタイムを取得し、走塁や守備におけるスピード向上を図る。

スプリントや方向転換のタイムも取得可能
ウエイトトレーニングにおいては、近年注目されているVBT(VelocityBasedTraining)が導入されている。
リハビリの進捗状況に合わせた目標速度を設定することでオーバートレーニングやアンダートレーニングを防ぎ、Return to Play Decision Making(安全に競技に復帰するための基準)の要素のひとつとしても用いられている。

ウエイトトレーニングではVBT用の端末を設置している
最後に、垂直跳びや連続跳躍を計測するジャンプマット。
MLBとマイナーリーグを対象とした研究では、下肢のパワーが野球のパフォーマンスを予測する上で強い指標となるという報告あり、野球選手のリハビリテーションにおいても下肢のパワーの維持・向上は非常に重要な観点のひとつであると考えている。
怪我して練習ができない間に、衰えた部分をチェックする。それを踏まえて復帰後どの部分を鍛えればいいか、今患部に負担をかけないようにできることがあるかを明確にする。

跳躍計測するジャンプマット
このように様々な機器を用いて、選手のパフォーマンスアップや怪我を治療するとともにリテラシーの強化を実現させようとしている。
同院の理学療法士である野瀬友裕氏は、データの活用で注意することや今後の展望について語った。
「当院に来て、たくさんの経験や情報を得て羽ばたいてほしいです。ここでは、一緒にデータを読み取り、それをどう自分のプラスにするかを考えます。
しかし、所属チームの監督やコーチの意向もありますし、最終的に決めるのは選手自身です。我々は自己決定をサポートするという姿勢で、皆さまにはあくまで“提案”という形をとっています。
これは最近のトレンドでもありますが、我々もデータサイエンス、すなわち数値化・可視化を通じて選手に情報を伝えることを大切にしています。
数多くのデータを集められる場所となっていますので、将来ここで得られた知見を用いて、何らかの形で社会貢献に繋げられたらと考えています」
この場所から第二、そして第三の大谷翔平のような選手を育て上げ、野球界に更なる変革をもたらしていく。
(おわり)

