
同志社大学・大学院が最優秀賞を獲得した「第5回データ分析競技会」。6組によるファイナリストの発表後には、シンポジウムを開催した。
野球界でデータ分析を主戦場として活躍する4名を招き、これまでのキャリアや現在行う仕事の事例などが共有された。
データ分析の最前線に立つ4人のパネリスト
今回登壇したのは、島孝明さん(横浜DeNAベイスターズ 一軍データアナリスト)・矢沢大智さん(千葉ロッテマリーンズ 打撃コーディネーター)・小笠原孝斗さん(ワシントン・ナショナルズ バイオメカニスト)・神事努さん(国学院大学准教授)の4名。
野球のDX(デジタルトランスフォーメーション)の現状についてそれぞれのキャリアや立場から語り合った。
小笠原さんと神事さんはアメリカに滞在中のため、ハイブリット式で行われた今回のシンポジウム。まずは、日頃仕事をする中でどのような意識で取り組んでいるかをテーマに展開された。
4人でのトークに先駆けて、NPB・MLBの球団に勤める3名が現在までの軌跡を紹介し、本セッションへと移っていく。
最初はデータを見る上で注意するポイントについて。ファシリテーターを務める島さんが質問した。最初に指名を受けた矢沢さんは、選手にどう浸透させるかの具体的な取り組みを一部紹介する。
「指標の理解も、選手によってみんなまちまちです。 データを使うのは選手なので、周知させるために講習などデータリテラシーを向上させる取り組みは数多く開催すべきだと考えています。何度も同じことをやる感覚です」
小笠原さんはバイオメカニストとしての立場から、専門用語を使うかを島さんに問われ、以下のように回答する。
「現職としては、選手と直接的に会話することは個人的に避けています。というのも、先ほど皆さんが仰ったように、誤解される可能性があるので。
あとバイオメカニクスにフォーカスすると、実際に出てきた数値をそのまま伝えて、受け取った感覚のまま実践するのが正しいかと言われたら、おそらくそうではないと考えています」

指導における現状と例を挙げながら解説を続けた小笠原さん。ここでは、MLBの指導現場で起きている出来事も交えた。
「肘の角度が90°がいいという話があったとします。ではその角度にしたいからといって90°度にしようとそのまま指導をしてしまう。 そういったことが実際に現場でも起こっているのが事実です。
我々バイオメカニストは数値を基に話をするので、それを直接的に選手に話をしてしまうと、選手はその数値に目が行ってしまいます。アドバイスの仕方と選手の感覚には違いが大きくあると感じています。
ですのでコーチがその数値を理解して、それを実際に体現するためにはどのようなアドバイスをすればいいのか。コーチに逆に翻訳していただいてというイメージの方が、感覚的には近いと思います」
ここでは“翻訳”がキーワードへとなっていく。矢沢さんも、「今までは分析した事実を誤りのないように伝える。それが伝わりやすいようになるべく情報は狭めるようにしていた」としつつ、「データを翻訳する側に回っている」と、お互いの共感があった。
「相手投手の真っすぐの割合が約5割、ツーシーム系やカット系を含めると、大体真っすぐ系が約7割来るというデータがあったとします。そうしたら、『あなたが打つ真っ直ぐのカウントはこうですよ』と伝えるイメージでした。
さらにそこから発展させて、『こうやった方が未来は良くなりますよ』というのを伝えるようにしていますね」

島さんは神事さんにも話を振った。神事さんは2014年にNPBで初めてトラックマンを導入した楽天に在籍するなど、野球界のデータ推進を行う第一人者とも言える存在。
球団に所属して活躍する2人の話を聴いた上で、以下のようにコメントした。
「2人がコーディネーターやバイオメカニストとして居るのは面白いと思います。バイオメカニクスを研究した人だと運動の原因・結果がわかりますから。
運動の結果を良くするために原因をどうするかと、トレーニングへの誘導も必要になってくるので、間に入るのがバイオメカニストであるというのは、とてもあるべき姿だと感じています」
4人が語るデータ分析そしてキャリアの展望
途中からは質問コーナーも設けた。大学野球部で現役のアナリストをしている参加者などから次々と寄せられていく。ここでは“未来”が中心トピックとなり、実務やキャリアにおける展望への問いに4人が答えた。
最初に挙がったのがデータ分析の将来予測について。学生の立場として、今何を学んで吸収したらいいか逆算をしたいという意図から質問がされ、島さんから回答した。
「今はプロ野球のファームだとベンチにタブレット端末を持ち込んで、リアルタイムでトラッキングのデータをチェックしています。今後は一軍でも進んでいくだけではなく、アマチュアにおいてもテクノロジーをどんどん活用するようになると予想しています。
ただ数あるデータの中、本当にチームの勝利のために必要なデータって何かを絞る必要はあると思いますし、事前に『こういう傾向があれば何か対策できそうだな』といった視点を持っておくことは大事だと考えています」

神事さんはデータの活用先をポイントとしてまとめたうえで、データ分析を志す学生たちに向けて叶えやすい舞台を私見を交えながら提示した。
「野球におけるデータ活用先は、選手の能力開発・試合で勝つための戦略戦術・障害の予防の3点が主だと考えています。 これは将来も変わらないと思っています。
私はデータを取得できる立場の方が強いと考えていて、供給元に近い人が一例です。なので、そこに入るもしくは近いところで研究するのも一つではないかと思います」

キャリアにおいては、NPBやMLBの球団で経験を重ねる矢沢さんと小笠原さんが答えた。
矢沢さんは今季から打撃コーディネーターに就任したが、これは異例とも言える。というのも同職は国内外問わず、プロ野球での選手経験のある人材が務めているが、矢沢さんは選手経験がない中での抜擢となった。
現場ではプロ野球で活躍した選手が務めた人たちとのコミュニケーションも多くなることからプレッシャーも考えられるが、自身はそれを覚悟に変えて臨むと語った。
「マリーンズでのコーディネーターって守備は小坂誠さん、打撃の前任は福浦(和也:現二軍監督)さんです。ですので僕がこの先どれだけ進めるかが、アナリストやバイオメカニストを目指す人たちの道標になってくると思うんです。
一過性で終わってはいけないので、後進の道を作って僕に続くような人を、僕が送り出せるような人になりたいです」
昨年からMLBの舞台で仕事をする小笠原さんは、「1年契約になるので、10月になった途端に突然契約更新がないと言われれば帰国しなければならないです」と、リアルな状況も話していた。
ただ、今は世界最高峰の舞台であるMLBでバイオメカニストとして活躍しており、信頼と実績を積み重ねている。それを踏まえて、自身の描くキャリアについて述べた。
「僕が一つの目標として持っているのは、パフォーマンスデータに関して全てを統括するようなディレクターのポジションです。
どういうデータをそれぞれ取る必要性があるのかと言ったデザインや、それをどう皆が使えるのかといったプラットフォーム構築もあります。
あとは今、矢沢さんが務められているコーディネーター的なポジションは将来的にやっていきたい興味を持っています」

高校生においても社会との接点を増やす場に
今回も深い学びが溢れる2日間となり、盛況のまま閉幕した「第5回 野球データ分析競技会」。学生だけではなく教員にとっても深みのある機会となった。
前章で群馬県立桐生清桜高校の深沢湊斗さん(2年生)が講聴したことを紹介したが、一緒に小林雄太先生も同席していた。小林先生は、深沢さんが参加したきっかけとなった「探究」授業の担当である。
この「探究」という授業は、デジタル技術を活用した問題解決を目指すカリキュラムで、文部科学省の事業として同校が認定されているもの。小林先生は、生徒にとって学びになった部分について以下の点があると語った。
「生徒には社会との接点をつくりながら自ら課題に対してアプローチしてみて、違えばまた軌道修正して提案することをどんどんやってほしい想いです。
小笠原さんが講義で言っていたのですが、自分の学んだ技術が最初に描いた道とは今違う方で活かせているように、今やっていることが様々なところに繋がっていくのはとてもいいことだと感じました」
深沢さんが真剣に講義を聴いている様子も見守った小林先生は、自身も講聴を終えた後に本競技会が高校生の教育にも役立つ点を明かしてくれた。
「“好き”を突き詰めていくところから、多くの学びがあると思います。毎日の学校生活だけでは味わえない経験もできますし、その経験が課題の見つけ方やその活かし方、さらには生徒たちの将来へとつながるものになるので、今回貴重な機会をいただきました」
5回目の開催を終えた野球データ分析競技会は、“データと現場をつなぐスペシャリスト”の育成だけではなく、高校生や教育界にも新たな光を射すイベントとなった。
(写真 / 文:白石怜平)
