【スポーツマンシップを考える】ワールドシリーズとスポーツマンシップ

圧巻のMVP、山本由伸

今年のワールドシリーズは、ロサンゼルスドジャースvsトロントブルージェイズによる最高峰の戦い、第7戦までもつれ込む激闘となった。悲願のワールドチャンピオンまであとアウト2つに迫ったブルージェイズだったが、その夢を打ち砕き、2年連続世界一に輝いたのはドジャースだった。両チームの死力を尽くした戦いは本当に見応えあり、球史に残る名勝負となった。

本シリーズ、マウンドの中心にいたのが山本由伸投手だった。緊張感にあふれるゲームが続くなか、山本投手は終始落ち着き払っているように見えた。

ブルージェイズに先勝を許した第2戦、ドジャースの先発マウンドには山本投手がいた。試合開始直後からテンポよくストライクゾーンを攻めるピッチングでブルージェイズ打線を翻弄。手元で鋭く落ちるスプリットは、バットの芯をとらえることを許さない。3回に1対1と同点に追いつかれたものの、4回以降はパートフェクトピッチング。最後まで球威がほとんど落ちることなくブルージェイズ打線を抑えていく。ドジャースは5−1でブルージェイズに完勝、山本投手は9回105球を投げ切り、4安打8奪三振1失点のピッチングで完投勝利を挙げた。

ワールドシリーズでの完投は、2015年のジョニー・クエト投手以来10年ぶりの出来事。山本投手はナショナルリーグ優勝決定シリーズ第2戦でも完投勝利を挙げておりポストシーズン2試合連続完投勝利となったが、これは2001年に3試合連続完投したカート・シリング投手以来の快挙となった。

山本投手の続く登板は、ドジャース2勝3敗で迎えた後のない第6戦、シリーズの行方を左右する重要な試合を託されることとなった。2試合連続完投による蓄積疲労も懸念されるなかでのマウンドとなったが、6回95球5安打6奪三振1失点の投球を見せるとドジャースは3−1で逃げ切り、山本投手はここでも見事に勝利投手となった。

そして迎えた最終第7戦は、勝ったほうがワールドチャンピオンという戦い。二刀流・大谷翔平選手が先発投手として登板するものの、3回裏に先制の3ラン本塁打を浴びて降板。その後、両チームともに得点を重ね3−4となり、迎えた9回表1点を追うドジャースは1死からミゲル・ロハス選手が起死回生のソロ本塁打を放ち、ついに同点に追いつく。

そしてその裏。1死1・2塁のピンチを迎えた場面で、ドジャースは6番手投手に前日95球を投げて勝利投手となった山本投手を連投のマウンドに送り出す。山本投手は最初の打者に四球を与え、1死満塁と1打出ればサヨナラという場面を迎えるが、ここをしのいで勝負は延長戦へと持ち込まれた。延長11回表、2死からウィル・スミス選手がソロ本塁打を放ち、この試合はじめてドジャースがリードを奪う。その裏、山本投手が1死1、3塁のピンチを招きながら、最後はショートゴロ併殺打でしのぎ、ゲームセット。ドジャースがブルージェイズを破り、球団史上初となるワールドシリーズ連覇を果たして熱戦は幕を閉じた。

山本投手はこのシリーズ3勝、防御率1.02。圧巻というべき成績でシリーズMVPを受賞することとなったのである。

偉大な挑戦者、山本由伸の精神性

スポーツの価値は、単なる勝敗やルール遵守という結果にとどまるものではない。プレーヤーたちは全力で勝利をめざすが、その過程で示される精神性、人間的な品格こそが、観る者に感動をもたらす。他者に対する尊重、自ら挑む勇気、さまざまな困難に立ち向かいそれらをも愉しむ覚悟。ドジャースがワールドシリーズ連覇を果たした壮大なドラマの中で、山本由伸投手はスポーツ本来の価値を最も色濃く体現した存在であったといえよう。

オリックスバファローズ在籍時の2021年には、18勝5敗、防御率1.39、206奪三振で投手4冠(最多勝利、最高勝率、最優秀防御率、最多奪三振)を成し遂げてMVP、沢村賞を受賞、優勝を果たした。以後、2年連続MVP、3年連続沢村賞に選出されるなど、パシフィック・リーグ3連覇に大きく貢献してきた。2022年にチームは日本一にも輝いている。そのような結果を残し続けるなかで、世界最高峰の場であるメジャーリーグベースボール(MLB)への挑戦を決めた。

しかもそのタイミングで、日本代表「侍ジャパン」の一員としてワールド・ベースボール・クラシック(WBC)2023にも参画し、栗山英樹監督の下で世界一に貢献した。そして、ドジャースに移籍後は、入団以来2年連続でワールドチャンピオンとなり、2つ目のチャンピオンリングを手にした。こうして、NPB、WBC、MLBでずっとチャンピオンチームになり続けているように、まさに「優勝請負人」といっても過言ではないほどの活躍ぶりである。

日本国内で圧倒的な実績を残しながらも、その現状に満足せず、あえて言語や文化の壁を含めて困難が伴う厳しく慣れない環境のなかに身を置く道を選んだ。故障を経験するなど決して順風満帆だったわけでもないなかで、想像を絶する苦労を乗り越えながら実際にこうして結果も残し続けてきた。

彼のあくなき成長意欲がこの勇気ある挑戦を実現し、そして、どのような苦しいときでもつねに冷静な姿勢を保ち「覚悟」を体現し続けた。スポーツの世界は、必ず勝者と敗者に分かれることや、ケガやスランプのように思い通りにならないこともつきものだが、それを真正面から受け止め、諦めることなく最後まで自分自身と向き合い続け乗り越えてきた。

彼の成長意欲に結びつく謙虚さや、「競争相手があってこそゲームが成立する」というスポーツの根源的な価値観を理解し、チームメイトやライバルたちをリスペクトする尊重の姿勢が、結果的にチーム内外、周囲すべてからの深い信頼へとつながっているようにも見受けられる。勝利を収めた後も、敗北に打ちひしがれるときも、常にチームメートや対戦相手への感謝を忘れず、「Good Winner」「Good Loser」として振る舞うことができる山本由伸選手の人間的な魅力、彼の品格が、真のプロフェッショナリズムを私たちに伝えてくれている。

野球という競技の頂に立ってもなお、常に謙虚さと自己成長への飽くなき意志を持ち続ける姿勢こそが、彼を偉大な挑戦者たらしめている本質であり、日本が誇る新たなスポーツマンシップの規範といってもいいだろう。

ドジャースを支えたスポーツマンたち

ドジャースを率いるデイブ・ロバーツ監督は、チームの戦いを「まさにGRITだ。情熱と忍耐を持って最後までぶれずに戦い抜いた。長いシーズンだったが、私たちは最後まで立ち続けた。私は今のチームを心から誇りに思っている」と表現した。

GRITについては、アメリカ・ペンシルバニア大学の心理学者アンジェラ・ダックタース(Angela Duckworth)教授による研究で話題を集めた概念であり、

 ◆度胸(Guts):困難に挑み、逆境にたじろがない勇気

 ◆復元力(Resilience):挫折から立ち直る力

 ◆自発性(Initiative):率先して物事に取り組む力

 ◆執念(Tenacity):どんなことがあっても物事に集中しつづける能力

という4つの精神の頭文字をとったものである。ロバーツ監督の言葉からは、長いレギュラーシーズンを戦い、そこから1ヶ月に及ぶタフなポストシーズンを勝ち抜くために、いかに精神的な強さを必要としていたかが伝わってくる。

ユーティリティプレーヤーとしてチームを支えたミゲル・ロハス選手は「試合に出ていない時も、いつか来る一瞬のために努力を惜しまない」、「いつ、どんな状況で出番が来ても最高のプレーをする」という姿勢を崩すことなく、ロバーツ監督からも「究極のプロ」と評された。

とくに第7戦の終盤、9回表1死で放った起死回生の同点ホームラン、そして、同点の9回裏、1死満塁一打サヨナラのピンチで見せたセカンドゴロを捌いてのホーム封殺。重要で印象的なプレーでピンチを守り抜き、チームを救ってみせた。試合後のインタビューではホームランよりも「自分の守備ができたことの方が、チームに貢献できたと感じて誇りに思う」と語ったように、すべてのプレーで献身的な姿を示し続けた。

また、長きにわたりチームの精神的支柱だったレジェンド、クレイトン・カーショー投手は、18年のキャリアをドジャース一筋で全うすることとなった。シーズン終盤に引退を表明した後、ポストシーズンでも重要な場面で登板するなど、チームの勝利を最優先にして献身的にプレーする姿勢は、「選手たちがプロフェッショナルであること」を重視するドジャースの文化を表現していたといえよう。

歴史に残る名勝負はドジャースの劇的勝利に終わったが、その裏で両チームが最高のパフォーマンスを発揮しながら、お互いをリスペクトする姿勢が垣間見えたことも大きかった。

このシリーズを前に、ドジャースのリリーフとして活躍してきた左腕アレックス・ベシア投手が、妻ケイラさんとの深刻な家庭の問題に対処するためにチームから離脱することになった。このシリーズ中、佐々木朗希投手をはじめとするドジャース救援陣は帽子にベシア投手の背番号「51」の文字を入れていた。これに対してブルージェイズの全救援投手も、帽子に「51」と書いて試合に臨んだ姿が話題となった。相手選手に対するリスペクトを示す粋なはからいは、ファンたちの心も打ち、「真のスポーツマンシップ」と絶賛の声が数多く寄せられることになった。

相手をリスペクトしながら、最後まで諦めない姿勢を貫いた両チームの選手たちによる必死の戦いぶりが、スポーツマンシップの原点をあらためて教えてくれた。そんなふうに感じるワールドシリーズだった。

中村聡宏(なかむら・あきひろ)

一般社団法人日本スポーツマンシップ協会 代表理事 会長

立教大学スポーツウエルネス学部 准教授

1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒。広告、出版、印刷、WEB、イベントなどを通してスポーツを中心に多分野の企画・制作・編集・運営に当たる。スポーツビジネス界の人材開発育成を目的とした「スポーツマネジメントスクール(SMS)」を企画・運営を担当、東京大学を皮切りに全国展開。2015年より千葉商科大学サービス創造学部に着任。2018年一般社団法人日本スポーツマンシップ協会を設立、代表理事・会長としてスポーツマンシップの普及・推進を行う。2023年より立教大学に新設されたスポーツウエルネス学部に着任。2024年桐生市スポーツマンシップ大使に就任。

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