ドミニカでMLB球団と契約した16歳と日本の高校球児はどちらが強い?パイレーツの日本人コーチが備える“二つの物差し”

大谷翔平や山本由伸(ともにドジャース)ら日本人選手を含め、世界中からトップ選手が集まるMLB。2025年開幕時点のロースター(選手登録枠)を見ると、全体の27.8%にあたる265人が外国人選手(=アメリカ人以外)だった。

最も多いのはドミニカ共和国で100人。ベネズエラが63人、キューバが26人、プエルトリコが16人で続き、5位がカナダで13人、6位が日本で12人。その他ではメキシコが11人で7位、キュラソーとパナマがそれぞれ4人で8位タイと、中南米各国が多くを占めた。

ラティーノの多くは16〜17歳でMLB球団と契約し、ドミニカにあるアカデミーという育成機関でプロ野球選手のキャリアをスタートする。毎年約400人がアカデミー(7、8軍相当)の門をたたくと言われるが、どんな育成が行われているのか。

アカデミーの戦力外通告=投資の失敗

「最終的なゴールはメジャーリーガーにすることですが、目先の目標は球団のコンプレックス(施設)があるフロリダに選手をどんどん送ることです」

そう話したのは、今年からピッツバーグ・パイレーツのアカデミーで指導する松坂賢コーチだ。昨年までBCリーグの茨城アストロプラネッツで監督やフィールドコーディネーターなどを歴任し、コロンビアウインターリーグの名門カイマネス・デ・バランキージャのコーチを経て、パイレーツの一員になった。

MLBはメジャーリーグを頂点に、3A、2A、1A(ハイA&ロウA)、ルーキーリーグ、ドミニカンサマーリーグ(DSL)という階層に分かれている。DSLは6〜8月に72試合行われ、パイレーツを含めて今年は22球団が2チームをエントリーした。

DSLは7、8軍相当だが、松坂コーチは「一番レベルが低いという位置づけではなく、アカデミーが国際事業のフロントラインだと感じています」と話す。

というのも2025年、パイレーツのアカデミーには約70選手が所属するなか、国籍別に見るとドミニカ、ベネズエラ、プエルトリコ、メキシコ、コロンビア、キュラソー、キューバ、バハマ、ブラジル、ウガンダ、オーストラリア、韓国という多国籍軍団だったからだ。

そのうち、次の段階であるフロリダに進めるのは40%程度。ただし、アカデミーは足切りをする場所ではないと松坂コーチは説明する。

「選手たちにはいつも『アメリカに行け』とケツをたたいています。極端に規律を守らなければ1年か1年半で契約終了となるケースもありますが、基本的にアカデミーは選手を切る場所ではありません。上げないと投資が返ってこないので」

パイレーツのアカデミーには今季、200万ドル(約3億5500万円)で契約した選手も在籍。16〜17歳でそれくらいの大金を狙える世界だが、頂点のメジャーリーグまで到達できるのは2〜3%と言われる。MLBの競争は極めて厳しい。

今年からパイレーツのアカデミーで指導する松坂賢コーチ

最速159km/hで四球連発

アカデミーの運営期間は球団によって異なり、パイレーツは1月から11月末まで稼働する。

筆者が取材に訪れた7月は、DSLの真っ最中だった。数試合観戦すると、「メジャーリーガーの卵」というイメージとは少々違った。

ドジャースの18歳、サムエル・サビノンは94〜95マイル(約151.3〜152.9km/h)を連発するが、ストライクを取るのに苦労している。

同じくドジャースのアカデミーで出会ったシャイ・ロメロという17歳の右腕投手は今年1月、200万ドル(約2億9400万円)で契約。196cm、106kgの巨漢から最速99マイル(159.3km/h)を投げるが、今季のDSLでは15試合で16回2/3を投げて防御率14.04、与四球32個だった。

大型契約へと駆け上がったロメロ投手

守備では捕手の一塁送球が抜け球になって暴投を記録するなど、細かいプレーは日本の同年代、つまり高校野球の上位校のほうがはるかに上と感じられた。

ただし、ドミニカのMLBアカデミーと日本の高校野球を比べても意味がない。松坂コーチはそう指摘する。

「日本で『良い』とされる物差しと、DSLを見る物差しは違います。国際スカウトが欲しがるのは5年後、10年後にメジャーリーガーになる子。

今はしっかりしたプレーができなくてもいいから、『この体、この身体能力、この素材、この子のガッツ』みたいなものをスカウティングで見極めて、『この子だ』と思って獲るわけです。今の時点で何かしら欠陥があっても問題ありません」

確かに前述のサビノンは、制球を乱すのはいつも同じコースだった。その原因が改善されれば、一気に上の世界へ上り詰めていくかもしれない。

DSLを見ていると、そう感じさせられる選手が多くいた。

通学は週1回で野球に専念

DSLの選手たちが技術的な弱点を抱えているのは、ドミニカならではの育成環境も関係する。

16歳でMLB球団との契約を目指す少年たちは、プログラムというカテゴリーの組織に所属する。指導者への月謝は発生せず、契約成立すれば運営者がパーセンテージ(30%程度)を受け取るという仕組みだ。

プログラムで磨きをかけられるのは投球や打撃、守備という個人能力で、走塁や連携プレーなど細かいプレーはアカデミー入団後に覚えていく。

プログラムでは試合を行う機会が基本的になく、実戦形式の練習はライブBPくらいだ。

以上のように日本とドミニカでは野球に取り組む目的や環境が大きく異なるので、比べても意味がない。松坂コーチはそう考えている。

「ドミニカの子たちはそもそも試合をやったことがないので、どういう流れで進むかもわかりません。カバーリングやベースランニングもやったことがない選手たちを、アカデミーではゼロから教育していきます。そういうフェーズなので、ガチンコで対戦すれば勝つのは日本の高校野球でしょう。

では、体の素材や身体的な能力を見て、どちらがメジャーリーガーになれる確率が高いか。それはドミニカの子だと思います」

ドミニカでは国民(約1100万人)の約3割が貧困状態にあるとされ、経済格差も大きい。プログラムに通う少年たちに話を聞くと、学校には週1回しか通わないケースが多かった。一攫千金を狙えるのは野球くらいという事情もあり、子どもたちは小さい頃から練習に励んでいる。

MLBに国際フリーエージェントで入団可能となるのは16歳だが、10代前半で口約束を結ぶケースも珍しくない。

ロイヤルズ時代にワールドシリーズを制したエディンソン・ボルケスと元楽天のケルビン・ヒメネスが運営するプログラムには、某球団と550万ドルで内定済みという投手もいた。

そうした世界から夢の入り口に立った16,7歳の少年たちは、アカデミーでどう育てられていくのか。そのアプローチにこそ、スケールの大きなメジャーリーガーを育てる秘訣がある。

※次回に続く

(文:中島大輔、写真:龍フェルケル)

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