不適切指導の撲滅をめざして
新年度がスタートした2024年4月。
関西大学北陽高等学校ハンドボール部で、顧問と副顧問の2人が、複数の部員に丸刈りの強要や暴言、暴力などの体罰をしていたというニュースが大きく報じられた。
合宿所のシャワー室に部員2人を座らせ頭髪をバリカンで刈る様子は他部員が撮影しスマートフォンに残されており、部内では頭をたたいたり、尻を蹴ったりする体罰も行われていたとされる。被害者のうち1人は退部して転校した一方、指導者の2人は厳重注意処分を受けた上で、「改善がみられる」ということで指導を続けているという。同校は公式サイトを通じて「再発防止に努める」と謝罪した。
2012年12月23日,大阪市立桜宮高等学校のバスケットボール部キャプテンだった2年生男子生徒が顧問の体罰を苦に自殺するという痛ましい事件が起きた。
またその翌年には柔道女子日本代表監督による暴力問題が発覚した。こうした負の連鎖を断ち切るため、脱・暴力、脱・体罰についての機運が高まり、2013年4月25日、日本オリンピック委員会(JOC)や日本体育協会(現・日本スポーツ協会)、日本障害者スポーツ協会(現・日本パラスポーツ協会)、全国高等学校体育連盟、日本中学校体育連盟の5団体は「暴力行為根絶宣言」を採択し、各種ハラスメントを含めた不適切行為の「予防・啓発」に取り組むとともに、実際に不適切な行為による被害を受けた方々の相談先として、スポーツにおける暴力行為等相談窓口を設置した。
それから、10年後となる昨年2023年4月25日、上記5団体に大学スポーツ協会(UNIVAS)も加えた6団体は、「NO!スポハラ」活動の開始を宣言し、このようなスポーツにおける不適切行為の一掃をめざしてきた。
文部科学省によれば、中高校生が部活動で体罰を受けた件数は2012年度の2022件に対して、2021年度は91件と大幅に減少したという。
一方で、日本スポーツ協会「暴力行為等相談窓口」への相談件数は、新型コロナウイルス感染症の影響で一時的に減少した時期もあったものの年々増加傾向にある。
2022年度には過去最多の373件を記録したが、これは前年と比較して2倍以上の数である。この相談数の増加については、体罰に関して看過することなく相談しやすい環境が整いつつあるという見方ができる側面もあるが、体罰・暴力・暴言等は根強くその撲滅には至っていないということもまた事実である。
教育的であれば犯罪行為が許されるのか
こうした不適切指導に関する問題は、野球界にとっても他人事ではない。
かつての野球指導においては、体罰が当たり前のようにあり、暴力、暴言、しごき、現代でいうハラスメントが日常的だったという話はよく耳にする。
そして、不適切指導に対する批判が高まる現在においても、野球指導者による問題指導が発覚し、報道されることも残念ながらしばしばである。
昨年末、書籍『体罰と日本野球──歴史からの検証』(中村哲也、2023、岩波書店)が出版された。
本書の中で筆者は、150年に及ぶ日本における野球史を紹介するとともに、体罰や暴力が広がった経緯を考察している。
総じて不適切指導については、減少・改善の方向に向かっているとはいえ、とくに一部の強豪校などを中心に「勝利できていることがいい指導の証明」というような認識で、体罰、暴力、暴言といったいわゆる昭和的指導が受け継がれ根強く残っているのも事実のようだ。
野球人口減少に関する問題が叫ばれて久しいが、未来を担う若きプレーヤーたちが本当に野球を愉しむことができる環境を整えるためにはまだまだ課題が残っていそうだ。
体罰や暴力的指導が子どもの心身に与える影響については、多くの研究がされているが一貫してネガティブな結論を示している。
心理的影響(不安や恐怖を感じやすくなる、自己評価が低下し自信を持つことが難しくなる、攻撃性が増加する、など)、身体的影響(身体に及ぶ物理的傷害、慢性的なストレス反応、など)、社会的影響(信頼関係構築が難しくなる、対人関係が悪化しやすく孤立しやすい、学業成績の低下傾向が高い、など)によって、子どもたちの問題行動を減少させるどころか、逆に増加させることを示しており、長期的な行動改善に繋がることはほとんどないとされる。
そもそも学校教育法第11条は、「校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、監督庁の定めるところにより、学生、生徒及び児童に懲戒を加えることができる。 但し、体罰を加えることはできない。」として、体罰を明確に禁じている。
加えて、2019年6月に成立し2020年4月1日から施行された児童福祉法等の改正法では、親であっても体罰が許されないものであることが法定化されている。
一般社会において暴力を震えば、暴行罪・傷害罪等の罪に問われるのが当然のことである。
しかしながら、家庭や学校等の教育現場、スポーツ指導の現場などにおいて、教育や躾という名目であればこうした犯罪行為、違法行為が許されるという思考自体に問題があるだろう。
無知の知を意識しアップデートしよう
怒りの感情から暴力・暴言を用いてしまいがちな指導者の方々に話を聴くと、「怒鳴る以外にどのように指導したらいいのか」「私だって手を上げたいわけではない」「何度言ってもわからない子どもにだけ痛みでわかってもらうようにしている」などと戸惑いながら口にする。
ここで問題なのは、自分の思い通りに対応してくれない子どもたちの側に非があると思い込んでいることである。
「何度言ってもわかってもらえない」自らの指導能力、説明能力を棚に上げて、受け手である子どもたちの側の問題にしてしまうのは甚だ身勝手な考え方に思える。
怒りの感情をぶつける指導を受けた子どもたちは、「気分を害さないように」と大人の顔色を窺って行動するようになり、「叱られるから失敗したくない」という恐怖心からチャレンジをしなくなる。
指導者や保護者のみなさんが育てたい子どもはそういう「聞き分けのいい」子どもなのだろうか。
そのような中で、これからの時代に必要とされる「Good Coach」に求められるスキルとしてさまざまあるだろうが、ここでは「観察力」、「研究心・学習力」、「コミュニケーション力」を挙げておこう。
プレーヤー一人ひとりの個性、才能、スキル、コンディションなどを尊重し見極める「観察力」。
謙虚な心で自らを疑い、コーチング、ペップトーク、アンガーマネジメント、セーフガーディン具などといった最新の指導理論、技術論などを学び、勇気をもってアップデートに挑戦し続ける「研究心・学習力」。
そして、それらを活かしながら正解のない難しさを覚悟してプレーヤーたちとの信頼関係を深める「コミュニケーション力」。
指導者の経験論に基づき「教えて育てる」という教育的発想から、自らも学び成長しながら後進と真摯に向き合い「共に育む」という共育的発想が大切である。
指導が難しい時代を迎えたといって憂うことなく、いつの時代においてもあるべきよりよいコーチングを追い求め続けるのは当然であることを認識すべきだ。
「無知の知」の自覚こそが、私たちをよき方向へと導く鍵となる。これまでの常識にとらわれ伝統やしきたりを守ることに注力するのではなく、よりよいあり方を模索し続け、自ら伝統を創り出す気概をもち、経験論だけでは通用しない時代の挑戦を愉しんでほしい。

中村聡宏(なかむら・あきひろ)
一般社団法人日本スポーツマンシップ協会 代表理事 会長
立教大学スポーツウエルネス学部 准教授
1973年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒。広告、出版、印刷、WEB、イベントなどを通してスポーツを中心に多分野の企画・制作・編集・運営に当たる。スポーツビジネス界の人材開発育成を目的とした「スポーツマネジメントスクール(SMS)」を企画・運営を担当、東京大学を皮切りに全国展開。2015年より千葉商科大学サービス創造学部に着任。2018年一般社団法人日本スポーツマンシップ協会を設立、代表理事・会長としてスポーツマンシップの普及・推進を行う。2023年より立教大学に新設されたスポーツウエルネス学部に着任。

