【上達のヒント】「トップ選手ほどボールの見え方を意識している」。パフォーマンスアップにつながる“目の使い方”

SNSで評判を呼び、プロ選手やアマチュア選手が教えを請う“目のトレーナー”がいる。グッドアイスポーツビジョンセンターの代表を務める野口信吾さんだ。

 自身も野球少年だった野口さんは一般企業で勤務している頃、独学で目の使い方やビジョントレーニングを学んだ。そうして学童野球やアマチュアチームで目の使い方について指導する機会を持ち、SNSで発信するうちにプロ選手や大学生などからアドバイスを求められるようになった。

「『ある球種がどうしても打てない』『低めをうまく見極められない』という課題を抱えているプロの選手がいます。いわゆる巧打者に話を聞くと、構えてからボールが来るまでに“ライン”のようなものがイメージできていますが、まだ活躍できていない選手はそういうイメージを持てず、ボールを“よく見てしまう”傾向があります。つまり、ボールに対して適正な距離を保てていないのだと思います」

大谷翔平の「構え」

 人間は情報の約80%を目から得ていると言われる。

 改めて言うまでもなく、野球をプレーする際にも目は極めて大事な部分だ。攻走守のいずれも、相手の動作やボールの動きを見極めながら自分がどのようにプレーするかを決めていく。

 だが、「目をうまく使おう」と意識している選手は意外と少ないと野口さんは感じている。プロ選手の映像を見ても、目をうまく使えている打者は半分にも満たない印象だという。

「大谷翔平選手(ドジャース)はバッティングでボールの見え方や構えをすごく大事にしているという記事がありました。ボールの見え方を意識するということは、立ち方を意識するということです。トップの選手であればあるほど、見え方を意識しているのだと思います」

 野口さんが言及した記事は、中日スポーツ電子版の「【MLB】打撃上向きの大谷翔平、『構え』がいいから『見え方がいい』昨季のようなパフォーマンスが今後見られそう」(2022年6月17日)だ。同記事によると、大谷選手はバッティングについて「8割5分ぐらい構えで決まる」と普段から話しているという。そこにつながるのがボールの“見方”だ。

自分の「視力」を知っていますか?

 では、どんなことに気をつければいいのだろうか。今回は野球における目の使い方について、基本的な留意点を野口さんに聞いた。

「まずは自分の視力を把握することです。指導者だけでなく、選手自身も自分の視力をわかっていないケースが意外とあります」

 野口さんが2023年にヤングリーグの北陸支部で講演をした際に視力を尋ねると、把握していない選手が全体の4分の1を占めた。学校の視力検診では「ABCD」の4段階で表される場合もあるため、正確な数字を把握していない選手もいると考えられる。

 当然、視力が低いと野球のプレーにも影響する。野口さんがある高校を指導した際、外野フライをうまく捕れない選手がいた。視力を聞くと「0.5」で、裸眼でプレーしていた。

 ホームから外野までは少なくとも70m離れている。ボールがはっきり見えないと、スタートが切りづらい。ボールをよく見ようという意識が強すぎるため、体がなかなか動かず、フライの落下点にたどり着けないという悪循環が起きていた。

「視力が低ければ、眼鏡かコンタクトを使用してください。動いているものを正確に捉える力が『動体視力』ですが、まずは止まっているものをはっきり見られることが必要です。野球の場合、視力は最低でも1.0以上あったほうがいいと言われています」

スマホを使うときの留意点

 文部科学省が公表した2022年度の「学校保健統計調査」によると、子どもたちの視力は低下傾向にある。同年の裸眼視力が1.0未満だった生徒は小学校で37・88%、中学校で61・23%、高校では71・56%で、調査を始めた1979年以降でいずれも最も高い割合だった。

 とりわけ近年、視力悪化の要因と言われるのがスマートフォンやタブレットだ。野口さんが説明する。

「今の子どもたちはスマホやタブレットを使ったり、携帯ゲームに熱中したりして、昔に比べて目をほとんど動かさなくなっています。何十分も続けてゲームをしているうちに頭の傾きが下がっていくと、首と目にかなりの負担がかかってきます」

 人間の頭の重さは、体重の約10%とされる。それほど重量があるため、スマホや携帯ゲームに熱中していると頭がどんどん下がってくるのだ。そうした姿勢が見方の悪さを招きかねない。

 ベッドで横向きに寝転がり、スマホを操作するのもやめたほうがいいと野口さんは忠告する。人間は両目で距離感を測るような身体の構造になっているが、横向きに寝転がってスマホを見ると、右目と左目で画面への距離感が異なるため、悪い見方が身についてしまいやすい。

「今の時代に『スマホを使うな』というのは無理ですよね。画面を見るときには頭の位置が中心にあり、なるべく顔が下がらないようにしてください。文章を書いたり、本を読んだりするときも同じです。極力、水平にある状態で作業したほうがいい。それらは日常からできることなので、意識したほうがいいと思います」

体の中心に頭を置いておきたい

 こうした見方は野球のプレーにもつながってくるものだ。野口さんが続ける。

「普段、物を見るときに顔を前に出したり、目線を下げたりしていたら、バッティングでピッチャーと対峙したときもそうした見方になってしまいます。できるだけ、顔は上げた状態にしておきたい。内野守備にも言えることです。顔がすごく下がっているとボールを目でうまく追えず、体が突っ込んでしまいます」

 守備をうまく行うためには足のステップやグラブさばきも大事だが、同じくらい目の使い方も重要だと野口さんは指摘する。前者は指導者からよく言われる一方、後者は決して多くないだろう。だからこそ、コーチたちには意識的になってほしいと野口さんは話す。

「守備がうまい子と、そうでない子の目の使い方の違いを観察してみてください。自ずとわかってくるものがあると思います。守備がうまい子に『どうやって見ている?』と聞くのもいいと思います。その子がどういう見方をしているのかを言語化して、チームに伝えれば知識の共有になる。それがチーム力のアップにもつながっていきます。うまい子とそうでない子では、それくらい目の使い方が異なっています」

 理想的な目の使い方を身につける上で、野口さんが勧めるのはビジョントレーニングだ。プロの選手を指導する際も、まずは顔の前でペンを上下に動かし、目だけで追いかけられるかをチェックする。ほとんどの場合、顔も一緒に動いてしまうという。

 そうではなく、目の筋肉(眼球の周りについている外眼筋)だけで眼球運動を行いたい。打撃や守備で“正しい姿勢”をする上でも、目の使い方が関わってくるからだ。野口さんが説明する。

「簡潔に言うと、体の中心に頭を置いておきたいということです。例えばボールを追いかけている間に頭が動いたり、顔が傾いたりすると、頭は体の中心からずれていきますよね。それが動き出しの悪さにつながってしまう。そうならないためにも、まずは頭を体の中心に置いている状態で、目だけを動かせるようになってください」

力まずに、ぼんやり見る

 バッティングではよく「体が前に突っ込むな」と言われるが、目の使い方が悪いと自ずとそうなってしまう。逆に言えば、理想的な目の使い方を身につけるだけで動き方も向上する可能性がある。

 以上を踏まえ、野口さんはプロの選手に必ず言うことがある。「ボールをぼんやり見てください」ということだ。

「いわゆる『周辺視』と言われる見方です。その反対が『中心視』で、モニターを注視したり、作業中に文字をしっかり追ったりすることです。そうやってボールを見ると、動き出すのが遅くなってしまいます。周辺視は目の周りのボヤボヤしたところで見ることで、武道でもぼんやり見るのはすごく大事だとされています」

 好打者の条件の一つとされるのが「選球眼」だ。野口さんはプロの打者を観察するうち、ボールをうまく見極められない選手の“悪癖”に気づいた。

「選球眼の悪い選手はずっと力んで見ている傾向があります。いわゆる“睨んでいる”ような感じです。そうやって見ると体が力んでしまい、動き出すのも遅くなってしまいます。ボールをぼんやり見て、常に視野を広くしておくことが大事です」

 本稿の冒頭でバッティングに関し、大谷選手の「8割5分ぐらい構えで決まる」という言葉を紹介したが、野口さんの説明を聞くと理解が深まるのではないだろうか。

 野球選手はもちろん、人が何か動作をする上で目の働きは極めて重要だ。だからこそ、日頃から意識を持ってほしいと野口さんは語る。

「人間が情報を取得する際には目が8割くらいを占めているので、本当に基礎的なことを気をつけるだけで、野球でも動きが変わることがあります」

 野球において「目の使い方」の重要性は意外と見逃されがちだが、日常生活から少し意識を変えてみるだけで、パフォーマンスアップにつながるかもしれない。

この記事をシェアする
  • URLをコピーしました!
目次