東京ヤクルトスワローズで活躍し、引退後は大手コンサルティング会社で経営コンサルタンティング業務に従事している久古健太郎さんインタビューの第2回。久古さんが勤める会社では、現在地方創生の一環として、隠岐諸島を舞台に「VRを活用した遠隔野球指導教室」の取り組みをしている。VR技術を使ったデータを元にリモート指導をし、実地での指導を組み合わせて成果を見るという試みだ。
先述の通り、隠岐高校野球部の部員に対し、2回VRを活用した指導を行った。1回目はワンタイムでのリモート指導を行い、2回目は約3ヶ月の間にリモート指導を2度行い、3度目は現地で実際にVRも使いながら指導を行った。
VR野球指導の狙い
隠岐諸島の海士町は本土から約60kmの距離にある。指導を行っている隠岐高校野球部の人数は現在8名。試合の時には助っ人を呼ぶという。島内に対戦相手がいないため、OBの在籍する大人のクラブチームと練習試合をやることもある。移動コスト等の制約で本島の高校との実践機会が限られる中、実戦経験をVRで補えないか。島にいながらオンラインでプロフェッショナルの指導を受け、パフォーマンスアップを図れないか。こうしたデジタル技術を通じて野球振興と地方創生を図る取り組みになっている。
これまでにオンライン指導、VR計測と、その効果測定をおこない、現地での指導も実践した。成果としては、VR上のパフォーマンスアップと実感がある程度相関しているのが確かめられ、指導にも役立てられたということだった。
久古さんは、今では個人的にも外部コーチとして、隠岐高校の投手にオンライン指導をしているという。
「動画を送ってもらって指導をしていますが、本当はラプソードなどのデータも使いたい。でも費用の面で難しいんです。VRは移動コストなく実戦経験の補完が出来るという点で、やはり離島のような場所では効果があります。普段見られないようなピッチャーの球を見たり、撮影したデータを元に指導が出来る。これからもっと普及して欲しいと思います」
今後の展開と可能性
隠岐の島は、人口1万8千人くらいだが、少年野球チームでは県大会で優勝するような強いところもあるという。だが、高校に上がるタイミングで上手い選手が島外へ出てしまうことが多い。島留学で島に進学を考える生徒もいるが、寮が限られており、一概に数を増やすわけにもいかない実情がある。
「自分の希望としては、同じような離島だったりとか、立地的にハンデを抱えたりしているような中高校生、子供たちが、VRを使ったリモート指導で、その場にいながら充実した指導を受けられるようにしたい。あとは、野球留学などもよくありますが、やっぱり、出来れば生まれ育った地で、そのまま野球を続けて欲しいという思いもあります」

こうして隠岐高校での指導を続けていくことで、「野球プラスα」の学びが得られる場所を得られればとも思う。
「新しい技術に触れてもらい、ただ野球だけじゃなくて数字も使いながら、自分の普段の練習を管理するとか、どういった練習をやった方がいいのか、そういうものに触れることで、野球が終わった後にも『あ、自分こんなことやってたな』とか、『自分の意思決定にこういう数字使ったことあるな』とか。そういう経験は、多分これから先のキャリアにも生きるんじゃないかと思っています。そういう機会だったり成長の場を野球を通じて作ってあげたい」
そこに共感するような次世代の子供たちが、「隠岐高校にいけばこういうことを学べる」とやって来る、そこへ新しい価値を提供する、また生徒が集まってくる…そうした好循環を作りたいと久古さんは言う。
「あと、今僕がやっているような野球との関わり方は難しくない。野球に携わりたいから野球の仕事をする、というだけではなく、ちゃんと本業で野球とは離れたキャリアを作りながらでも、野球に携われる。そんな事例を作りたいですね。僕が個人的に今やっている週1回1時間のオンライン指導と、年に3回の現地指導という負荷でも、一定の効果を出せるというのを示していって、同じような形で指導する人が増えれば、という思いで今やっています」
海士町で「VRを活用した遠隔野球指導教室」を実践したことで、ほかの離島や隔絶地からも興味を示されたり、次はこちらへという話があったりがしているのだろうか?
「それはまだ。僕たちの発信力が足りないですね」
指導の在り方としては示唆に富む取り組みであるだけに、プロジェクトの詳細や成果を発信していくことは、今後も重要になっていくだろう。
喜びを感じる体験
普段は経営コンサルタントとして「対会社」の仕事をしている久古さん。「実際に使っている選手がすごく喜んでくれた。普段そういうエンドユーザーのような方との触れ合いがないので、喜んでいる姿を見られるということがまず一番嬉しかったです。あとは、実際に島に行って、中学生や子供たちに実際のプロ野球選手が投げている球をVRで体験してもらったら、『やっぱりすごい!』ってみんな喜んでくれました。そういうところを見て、やっぱりプロ野球選手への憧れですとか、リアルでは普通に体験出来ないことをVRを使って体験出来たりもするので、こちらもとても嬉しい体験でした」
テクノロジーの進化とともに野球の練習方法も変わっていく。その中で、選手が何を感じ自身の野球にどのように活かすことができるのか。指導する立場として考えるいい機会になっていくだろう。

