人気漫画家クロマツトシロウさんに野球との関わり、野球観を聞くインタビューの第2回。クロマツさんは高校野球漫画「野球部に花束を」を経て、「ドラフトキング」でスカウトマンから見た野球漫画を執筆中。癖のあるスカウトたちから見た野球を描く作品は大ヒットし、実写ドラマ化もされた。今までにない「スカウト漫画」は、どんな発想で生まれ、どんな思いで描いているのかを聞いた。
ーー「野球部に花束を」はご自身の経験から生まれました。「ドラフトキング」はご自身も知らなかった世界です。どう発想されたのでしょうか。
漫画の世界って、野球だと高校野球以外はなかなか描けないんです。編集部も売らなくちゃいけないので、読者が惹き付けられる甲子園という目標をつけやすい高校野球以外のテーマは企画が通りにくい。本当は大学野球や独立リーグ、社会人野球の野球って、レベルも高いし、すごく面白いんです。そこまで野球を続けてる人って、やっぱり持ってるものが違うし、思いもある。そういう野球の世界を描きたいと思ったんです。それを全部描けないかと考えたときに、スカウトマンを主人公にしたら描けるなと思ったんです。
第1話は、高校野球の強豪校の2番手投手の話で始まっているんですが、まずは、読者に読んでいただけないと始まらない。 だから、しっかりと野球漫画ファンの方達に読んでいただくために、一番皆さんの興味をひくであろう高校生を第1話目の題材にしています。それから次の題材に社会人野球をいきなり描かせていただいたんですが、それは多分、編集さんが変わってるから(笑)
ーー変わってるんですか(笑)
本当はもう少しの間は、読者の方が興味のある高校野球を描くのがセオリーだと思います。ところが、青年誌で読者の方も大人なので、お金の話は多分みんな好きだろうと思ったんです。ただ、二つ目のエピソードは、プロ野球の世界にまさか入らないっていう話なんです(笑)
野球人生って、実はすごくたくさんの選択肢があるんですよね。そういうドラマが描きたかったんですよ。そこを許して貰えたのは、すごく嬉しかったです。あとはもう「プロ野球選手がいかにすごいか」「特別であるか」っていうリスペクトも込めて描かせていただいています。それはみんなが思ってるよりバケモノ集団で、とんでもない世界なんだよっていうことが伝わるように描いていこうとは思っています。

©クロマツテツロウ/集英社
ーー取材された題材を描かれているのでしょうか?それともご自分で自由に発想して描かれるのでしょうか?
どっちかっていうと、話を組み立ててから取材に行く感じの方が多いかもしれないですね、こういうのを描きたい、と思って。
ーー取材で肉付けしていくという形ですね
現場へ行くと空気感だけでもかなり精錬されていくので、ぼんやりとしたフィクションが、「こんなこともあり得るんじゃないか」って少しずつ形がブラッシュアップされていって、明確になっていく感じですかね。その後、編集さんとディスカッションして、どんどん物語として構築されていく感じです。だから取材の時は、結構、裏側ばっかり見ちゃいますね。ネタ探しみたいな(笑)
取材相手の方は丁寧に実際に経験された話をしていただくんですが、そのお話の中から「それってこうとも考えられるんじゃないか?」みたいに違った角度から勝手に連想して、質問させていただいたり…(笑)。
ーー専門的な話はどなたか監修されているんですか
特別、監修の方がいるというわけではありません。すごく専門的なルールや規程を確認するためにライターさんだったり専門家の方に質問することはたまにあります。
ーーご自身で選手を見て、「この選手はドラフトにかかるんじゃないか」という見方はされますか?
しないです。やっぱり漫画家っていうポジションで野球を観させていただくのが一番楽しいんです。野球は好きですけど、 見てる時は普通にファンです。どちらかというと、観るよりやる方が好きですし(笑)大体、僕がいいって言った子はうまくいかない(笑)
ーードラフトキングのスカウト陣のキャラクターで、自分の目で見て評価するスカウトと、データを重視するスカウトが出てきますが、 この「自分の感覚」と「データ」という見方は、どういう風に捉えてらっしゃいますか。
僕は、この選手はここがいいとか、 目で見て思ったことに対する裏付けがデータによって再確認できるんだろうなと思っています。データをそういう使い方をしてる人は、すごく裾野が広いという感じがします。球速とか回転数とか、今は全部わかるじゃないですか。その数字だけでドラフト候補から弾いちゃうっていうのは、違うような気がしてて。
数字だけじゃなく、バッターボックスに立った時の雰囲気とか、 そこは描く際に、重要視したいなとは思ってます。それをどうやったらわかりやすく描けるかはすごく考えています。

©クロマツテツロウ/集英社
ーー「ドラフトキング」のスカウトで、大越さんはデータ重視で、多分元プロじゃない。飯塚さんは元プロで、私生活は大丈夫かと思うような変わり者。その辺の対比が面白そうだなという予感がしています。特に飯塚さんというキャラクターはどう捉えて描いているんでしょうか
僕、昭和のプロ野球選手が大好きなんですよ。二日酔いでホームランみたいな伝説とか、すごい好き。でも今はアスリート化が進んでて、もういないじゃないですか。だから、漫画の世界くらいでは残したいなと。
そして「選手生活長くちゃんとやってた人はすごいんだぜ」っていうのを残しながら、別に私生活はいいじゃんみたいな。そういうのは、ただ僕が好きなだけかもしれないですね。普段はおちゃらけていたとしても結果を出さなければならないときには必ず結果を出す。そういう選手って夢があると思っていて。とんでもない素質を持ってるから、それが成し遂げられるわけで、そこは評価されるべきだと思うんです。それが多分、飯塚なんだろうな。でも絶対ちゃんと努力してるからなんですけどね。
ーーそれも傑出した才能ですね
やっぱり選手生命は短いじゃないですか、そういう選手たちって。そこがファンとしては残念というか、 もうちょっと見たいのになって感じます。
ーー現在、社会的に問題になっているテーマをあえて扱うことはありますか?
球数問題に関しては、自分がやりたくてやったんですけど、仲眞大海っていう左投手の話。はじめ4話ぐらいでやろうかって話だったんですけど、やっぱり球数問題はすごくデリケートですから、それぞれの選手ファーストということにして、色んな考え方やいろんな角度からの見え方を書いた方がいいと思いました。ドラマの中に落とし込んで、一応問題提起になれば嬉しいなとは考えてやりました。
ーー「甲子園」についてはどう捉えられていますか
なんか、僕は漫画の作風から甲子園反対派だと思われたりしてるんですけど、甲子園大好きなんですよ(笑)。甲子園は絶対甲子園でやるべきやし、やっぱり最大限の配慮をしながら、夏にやってほしいです。魔物魔物っていうけど、そこで野球人生が終わる人がほとんどなので、それぐらいの方がいいと思っています。
ーーそこに全てをかけてもいいと
ただ周りの大人がね、ちゃんと命を守るとか、そういう配慮は絶対必要ですけど、燃え尽きるぐらいやることって、人生でそんなに多くないじゃないですか。僕は賛成派です。燃え尽きたいと願う選手には、完全燃焼して欲しいと思ってしまいます。有望な選手との差別化というか、 区別はあっていいとは思いますけど…。才能は宝だと思うので。うん、オーバーに言うと甲子園は過酷でもいいのかなとは思います(笑)
ーーある人にとってはそこが頂点でいい。そこを通過点とする人たちも共存しながらと言うことですね。
それがきっかけで上の景色が見えて、プロを目指す選手も絶対いると思うんですよ。緩くなればなるほど、ジャイアントキリングは起きにくいと思うんですよね。そうなったら、余計に可能性がなくなっていく気がします。だからまあ、過酷なままでもいいんじゃないですか。だって、夏はどんないい投手でも絶対打たれるみたいな、そんなスポーツって他にあります?(笑)
クロマツ氏が生み出したキャラである辣腕スカウト・郷原眼力(ごうはら オーラ)とともに、「ドラフトキング」はこれからも様々なジャンルの野球を舞台にしていく。その中には、それぞれの野球の面白さ、その世界にいる人の面白さ、新たなる視点を発見する楽しさが詰まっている。まずクロマツさんが「面白い」と考えて楽しんでいることが、作品の面白さに繋がっている。そう思えた。

