ここらでひとつ熱中症を冷静に考えてみる。〜熱中症対策 前編〜

野球は、練習、試合とも暑い時期にピークを迎えることが多い。暑熱環境下でベストパフォーマンスを発揮するためには、熱中症予防が大切となります。一般のニュースでも熱中症への注意喚起が行われる昨今、野球の競技特性と熱中症の関係、そして予防のための対策はどうすればいいか、BFJ(全日本野球協会)医科学部会委員である立命館大学スポーツ健康科学部の海老久美子教授に話を聞きました。

<構成:吉村 淳>

野球に関わる人は熱中症と背中合わせ

まず、選手はもちろん、指導者、審判員、保護者など野球に関わるすべての人たちに知っておいてほしいのは、競技の中で、最も熱中症の発生件数が多いのは野球であるということ(図1)。

もちろん、競技人口が多いので発生件数も多くなるということもありますが、野球には熱中症の要因となる以下のような条件が揃っていることも件数が多くなる理由になります。

  •  暑熱環境で練習や試合が行われることが多い
  •  練習時間が長い
  •  ユニフォーム、手袋、グローブなど着用品が多く、厚手になりやすい

また、学年別では中1や中2、高1の選手に多くなっています。これは入部して日が浅く、無駄な動きが多かったり、逆にまだできることが少なく、ただ立っている時間が長くなるということが考えられます。

練習内容でいうと、ランニングやダッシュなど持久系や反復系の練習後に多く、発生時間帯では、気温が高くなる14時15時はもちろん、時間が長くなりやすい守備練習の終了間際など17時18時の発生も多くなっています。

試合での発生はほぼありませんが、これは試合に出場したり、ベンチ入りしている選手においての話です。試合開催に際して動員される駐車場係、観客席の誘導係は、炎天下で長時間じっとしていることが多く、熱中症のリスクが高くなります。そのような係になるのは低学年が多く、自ら適切な行動を取ることを遠慮してしまう傾向にあることも関係するでしょう。審判員や応援に来た保護者も条件は同じです。

熱中症による救急搬送が増えはじめるのは例年6月からで、9月までは特に注意が必要です(図2)。

 

この期間は、野球のオンシーズン。野球をする限り、常に熱中症のリスクがあることをは忘れず、以下に挙げる予防策を講じてほしいと思います。

水分補給はこれからかく汗への備え

 熱中症のリスクの高低を目で見て知ることができる指針があります。ひとつは、WBGT(暑さ指数)計による環境リスクの計測。もうひとつは、自分の尿の色による身体リスクの確認です(図3)。

WBGT温度が28℃以上になると厳重警戒のレベルになりますが、野球は、シーズン中にこのレベルになることが少なくありません。厳重警戒レベルで練習をする際は、15〜20分ごとに3分間のクーリングタイムを設け、水分補給、氷や水で頭や首を冷やす、体に風を当てる、汗をかいたウェアを着替えたり汗を水で流す、などを行うようにしましょう。試合の際は、ベンチにいる時間に上記の対策を取るといいでしょう。

 熱中症予防の鍵となるのは、水分補給です。水分補給がしっかりとできていれば、熱中症のリスクをかなり下げることができます。しかし、誰でも簡単にできそうな水分補給が、実際の野球の現場ではうまくできていないことが多いようです。

 基本は、喉が渇く前に定期的に水分を摂ること。かいた汗を補充するのではなく、これからかく汗に備えると考えるとわかりやすいかもしれません。1時間あたり3~4回で1回あたり200~300ml程度が目安になります。前述のクーリングタイムのたびにコップ1杯程度の水分を摂るようにしましょう。

 飲むものは、水やお茶、スポーツドリンクなど自分が飲みやすいものでOKです。

 厳重警戒レベル下の場合や、発汗量が多いときは、スポーツドリンクで失われた塩分を補いましょう。熱中症対策で飲むスポーツドリンクは、アミノ酸タイプやローカロリータイプではなく、塩分0.1〜0.2%、糖質4〜8%を含むものとします。粉末から作る際は、薄めすぎずにこの濃度を保つように作ってください。

 また、水やお茶などが飲みにくくなる脱水の初期症状に備え、経口補水液を用意しておくことも対策のひとつになります。めまいやほてり、筋肉の痙攣、だるさや吐き気など熱中症の症状が出はじめた場合にも経口補水液は有効です。

 

日常の食事からも水分は補給している

 水分補給というと、液体(ドリンク)を飲むことだけと思われがちですが、人間は食事からも水分補給をしています。乾物でもない限り、食べ物は多かれ少なかれ水分を含んでいます。特に野菜や果物は水分含有量が多いですし、みそ汁やスープは食べるドリンクのようなものです。

 3食しっかり食べることは、栄養やエネルギーの補給だけでなく、1日の水分補給のベースになりますし、朝食を摂ることを習慣化していれば、練習や試合前に一定量の水分を確保できることになります。

 日常の食事以外に、遠征や合宿時の食事は特に注意が必要です。慣れない環境に加え、緊張や興奮を伴うことから、通常の食事の内容や量が食べられないことがあります。好き嫌いなどで出されたメニューが合わないこともあるでしょう。

 まずは量が食べられているかのチェックをしましょう。環境の変化で下痢気味になった選手は、本来であれば水分を摂るべき状況にもかかわらず、頻繁にトイレに行くことを気にして水分を控えてしまう傾向があります。

 選手本人が意識できればいいのですが、指導者も、胃腸に負担のかからない食べ物の選択、水分補給の工夫ができるようにしてあげてください。さらに、遠征や合宿時で環境が変わっても十分な睡眠が取れているか、体重を測定し、急激な変化がないかの確認もしてほしいと思います。

 

試合時には練習時より汗の量が多くなることも 

 最後になりますが、試合時には熱中症による救急搬送は少ないとはいえ、足のつりや筋肉の痙攣など熱中症の初期症状が起こることは珍しくありません。

 試合時は、暑さで汗をかく温熱性発汗に加え、緊張や興奮による精神性発汗もあり、練習時よりも汗の量が多くなることもあります。にも関わらず、試合時独特の雰囲気から発汗量の増加に気づきにくくなることもあります。試合のある日は、朝から計画的に早めの水分補給を心がけ、指導者も水分補給タイムを確保するようにしてください。

 暑熱環境下での試合前にあらかじめ体を冷やす「プレクーリング」という方法も熱中症対策のひとつとして推奨されています(図4)。

具体的には、送風スプレーによる方法、手足の浸水による方法、またその併用による方法があります。試合中は、時間で区切って水分補給ができないので、攻守交代時など、ベンチに戻ったときに必ず水分を摂ることを忘れずに。試合後は、なるべく速やかに、できればベンチにいる間にスポーツドリンクやエネルギーゼリーを摂るようにしましょう。そして、早めに汗をかいたユニフォームを着替え、暑熱環境を避け、休息が取りやすい環境に移動します。すぐに食事が取れない場合は、タイミングを見計らって間食や軽食を摂るようにしてください。

 

●後編では、熱中症予防の前提となる「夏バテ対策のための食事」を紹介する予定です。

この記事をシェアする
  • URLをコピーしました!
目次