――侍ジャパンの国際大会をはじめ、高校の甲子園や社会人の都市対抗、大学のリーグ戦などは、プロのペナントレースに比べれば短期決戦です。
一気に集中して取り組めるのはプラスの部分ですが、教える、作り上げるという作業には時間が足りない。だからこそ、自分からさらけ出す。そこが大切だと感じました。最近の選手は、色々な意味で指導者をよく見ている。私は北海道日本ハム時代から遠征先の食事会場には顔を出しません。すると、WBCでも「監督はどこで、どんな食事をしているんですか」とマネージャーに聞いてくる選手はいたようです。それと、チームのルールも特に作りませんでした。世界一を目指す戦いの邪魔になることさえしなければいいわけで、それは初めに伝えた「チームではなく、あなたが日本代表だ」に集約されています。チームを“自分”のチームだと意識することで、世界一になるために自分が何をやるべきか、何をやらなければならないのか考えるようになります。つまり、個々の選手が自分に必要な全てのルールを決めるはずだからです。
――こうしたチーム作りは、プロのトップレベルの選手たちだからこそできるのでしょうか。それとも、高校の野球部でも指導者の意識次第でできるものでしょうか。
様々な物事への理解度には、プロのトップレベルの選手と高校生では差があるかもしれない。けれど、例えば甲子園出場を達成するために「やるべきこと」と「やめておくこと」の判断や区別は高校生でもできるわけで、それは指導者から口を酸っぱくして言われるより、選手同士で習慣化したほうが浸透するでしょう。どんな世代でも、やるのは本気のスイッチが入った選手であり、そのスイッチは自分自身でしか入れられません。指導者はスイッチを入れる手伝いをできると信じ、どんな形でスイッチを入れるのか見てやるのがいいでしょう。また、WBCでは全員にキャプテンと同じ自覚を持ってほしくて、あえてキャプテンを決めなかった。あるいは、一番キャプテンに向いていなさそうな選手に任せる手もある。チームが置かれた状況次第で、そうした取り組みはできるのではないでしょうか。
――確かに、指導者が導くという形よりも、選手同士で物事を解決しながら前に進むチーム作りを理想とする指導者は多いですね。WBCでは、ダルビッシュ有投手(サンディエゴ・パドレス)がキーマンという印象でした。

(提供 SAMURAI JAPAN/Gettyimages)
今回のダルビッシュの行動や言葉をメディアを通じて知った皆さんは、彼が若手を上手く引っ張っているという印象を受けたでしょう。確かにそうです。ただ、ダルビッシュは教えるというより、若手の話をよく聞いていました。「スライダーはどうやって握っているの?」と聞き、若手がはじめは遠慮がちに答える。すると、ダルビッシュは「へぇ~、そうやって握るんだ」と返しつつ、「俺はこう握るよ」とか「こう握ればこんな変化をするよ」と聞き込みながら会話を広げていく。トレーニング方法に関しても、そんな対話が聞こえてきました。そして、ダルビッシュは「若い子の感性を吸収すれば、これからの野球人生にもプラスになる」と言う。そうやって、指導者の役割も担ってくれたのは、私としても勉強になりました。私は、決起集会や食事会を一切主催しなかった。ご存じのように、ほとんどダルビッシュがやってくれたんです。歴代の日本代表監督で、そういうことを何もしなかったのは初めてなんじゃないかな(笑)。
――見方を変えれば、栗山監督がダルビッシュ投手という最高の触媒を用いて選手たちを化学変化させたように感じます。それは、事前から計算できたのでしょうか。
ダルビッシュを招集する際には、「日本の野球の歴史のためなんだ。本当に考えてくれ」と徹底的に思いを伝えました。それにしても、あそこまでやってくれるとは、というレベルでしたね。自分の調整はなかなかできなくても、決勝の開始直前までデータルームで髙橋宏斗(中日)らにアメリカ代表の打者の特徴や攻め方を話していましたから。もう、感謝を超えて感動でした。つけ加えると、ダルビッシュの代わりはなかなかいませんが、国際大会で勝ち切った経験のある選手の力は借りたいと思い、東京五輪の金メダリストである山田哲人(東京ヤクルト)、甲斐拓也(福岡ソフトバンク)、源田壮亮(埼玉西武)らには、昨年の11月あたりから色々と相談していました。
――今回のWBCでは、ただ優勝しただけでなく、チームのまとまりやスポーツマンシップの点でも共感した人が多かったと思います。栗山監督自身が大会を通じて感じられたこと、また世界一を勝ち取った選手たちについて、「ペナントレースではここを見てほしい」というものがあれば、お話しください。
人が必死になる姿は、こんなに感動するんだということですね。野球はチームスポーツでありながら、スタメンではない伏兵の大活躍で勝ったり、反対に絶対的レギュラーのミスで負けたりと、個人がフィーチャーされるドラマが多い。そんな場面は社会生活にもあるし、人生の縮図のようでもある。また、野球が日本人に愛され続けている理由でもあると思っています。今回のWBCでは、そのことが若い世代にも理解されたのではないでしょうか。「野球って、面白いじゃん」と。

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そして、侍ジャパンをはじめとするプロ選手たちについては、シンプルに「カッコいいな」という部分を見てほしいですね。大谷の凄さは、単純に「カッコいい選手になりたい」という価値観に向かって100%の努力していることだと、私の目には映っている。子供たちがそういう価値観を持ったら、それに向かっていくらでも努力できると思うんです。実は、私にとってのカッコいい存在は王 貞治さんです。ホームランを打つ姿は本当にカッコよかったし、今でも王さんを前にすると言葉が出てきません。今回も、王さんと同じ背番号89を着けて戦えたのは一生の思い出です。事前にご連絡して、89を背負わせていただきましたが、本当に負けなくてよかったです(笑)。
子供たちにも、そんな憧れやかっこいいと思える存在を見つけて欲しいと思います。

