【特別インタビュー】アメリカとの一戦を通じて感じた日本野球の強み(侍ジャパン前監督・栗山英樹)

(サムネ画像提供:SAMURAI JAPAN/Gettyimages)

――日本の野球には、常にアメリカの背中を追いかけてきたという歴史があります。ただ、最近はあらゆる面で日本の野球も進化している。今回、実際に戦ってみて、勝敗とは別の面でまだアメリカは先を行く存在でしたか。

 技術指導の手順や方法、試合のやり方など日本も独自の野球文化を作り上げ、世界に誇れるレベルになっています。例えば、ボールを正確に投げるという動作ひとつを取っても、素晴らしいドリルによって高い技術を身につけられる。ですから、すべての面でアメリカを追いかけているわけではないと感じていますし、私もそういう意識です。それでも、同じ舞台に立ってアメリカのパワーやスピードを目の当たりにすると、侍ジャパンの選手でも、まだ全員がメジャー・リーグでレギュラーになれるとは思わない。その点では、アメリカは追い越したい存在ではあります。ただ、以前は体格差もありましたけど、最近では大谷翔平(ロサンゼルス・エンゼルス)のように体格面でも負けず、しかも投打の二刀流で本場のファンを沸かせる選手も出てきている。日本の野球にも、世界に誇れる部分はいくつもありますよね。

――では、アメリカとの勝負に絞っていただくと、どんな感想を持っていますか。

 アメリカと戦うために様々な要素を検討していくと、普通に戦えば3勝7敗、4勝6敗という相手なんだと思います。選手たちのパワーやスピードはもちろん、データ分析の面でも……。選手経験のない人がコーチをするなど、能力のある者は積極的に登用して野球を進化させようという取り組み、過去の慣習に囚われない意識ではトップランナーだと感じます。そんなアメリカと戦えば、もしかしたら1勝10敗かもしれないけれど、ならばその1勝を今回に持ってくればいい。勝負事にはそうした側面もありますから、その1勝をどうやって持ってこようかということしか考えませんでした。つまり、日本はまだアメリカの上にはいませんが、上に行くべきだし、行くことはできるはずだというのが率直な感想です。

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――どんな情報でも瞬時に手に入る時代になり、選手たちの視線はそうした最先端の技術、その習得法に向いています。アマチュア指導者も日々勉強を重ねていますが、ともすれば頭でっかちになりがちな選手をどう導こうか苦労されています。

プロ選手でも、何か知りたい技術の情報があれば、動画サイトを探せば大概見つけられる。その点で指導者は大変な時代かもしれません。でも、一番大事なのはそこじゃない。選手が求めた技術がその選手に合うのか、身につけるタイミングは今なのか。つまり、勉学で言えば「答え」ではなく「学び方」が大切でしょう。だからこそ、人、指導者が必要であり、この技術をいつ、どうやって身につけるのかをコーチと話し合いながら進めていくのが理想的ですよね。WBCでは、北海道日本ハム時代からサポートしてもらっているマネージャーに帯同してもらいましたが、彼は「トップの選手たちはこんなに聞く力、理解する力があるんですね」と驚いていました。

 現代の指導者は、自分がやってきたことだけが正しいなんて考えていないはず。色々な考え方や指導法がある中で、この選手には何が合うのか話し合いながら、苦労しながら追求していると思います。私自身の監督時代を振り返っても、それを考え続けていました。そうして、「人として真っ直ぐに進み始めれば、野球はいくらでも上手くなる」と痛感させられました。

――なるほど。それは、古くから変わらない日本の野球の強みであり、底力ですね。

 WBCのような紙一重の戦いでは、目に見えない部分も重要です。メキシコとの準決勝は、「悔しいけれど負けてしまうな」と思える場面がいくつもありました。けれど、侍ジャパンの選手はそう思うことがマイナスだと知っていて、「絶対に勝てる」と信じ込んで声を出したり、次の準備をすることができる。勝つためには、それが必要だと実感して行動に移せることが、今回の戦いを勝ち切れた要因のひとつだと受け止めています。そして、私自身が日本の野球を誰よりも大好きで、先輩方の時代から作り上げてきた野球を愛している。この思いが心の真ん中にあれば、私が言葉で何かを伝えようとしなくても、しっかりと感じ取ってくれる選手たちでしたから。だからこそ、私は自分を作らずにすべてさらけ出し、ストレートなコミュニケーションを取ることができました。

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――プロ選手が「栗山監督の下でやりたい」とか「栗山監督と一緒に戦えてよかった」と発言していることに、共感した指導者、ファンは多かったと感じています。

 それは「ちょっと言っておかなきゃ」と、思ってもいないのに言っているかもしれませんよね(笑)。

――いや、現代の選手は素直ですし、思っていないことは口にできないと思います(笑)。

 

 それならよかった。超一流の選手たちだからこそ、情にだけは流されないと心に誓いました。指導者は選手を交代させる時、下げられる選手の思いやプライドにも心を巡らせますよね。でも、私以上に勝つことを知っている選手たちですから、「勝つためには、ここで僕は交代でしょう」とわかっている。要は、それを私ができなかったら、監督として成り立たない。ですから、こちらから何かを伝えるというより、野球観をぶつけ合ったり、意見交換のような対話をしていました。監督のことを好きな選手はそういないでしょう、面倒臭いことも言うし……。それでも、こちらは片思いをして、選手のためにいいと思うことはやり続けようと。優勝した時の選手たちの嬉しそうな顔を見て、「本当によかったな」と思いました。

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