三重県・木本高校 後悔のない野球をしてほしい。自身の経験を“反面教師”に。

 三重県立木本(きのもと)高等学校。同校は、女子マネージャー含めて部員が15人という少人数ながら、この秋の県大会でベスト4入りを果たし、2023年3月に開幕する春の選抜高校野球の21世紀枠候補としても選出された。野球部の監督兼部長を務める西垣戸洋一氏の指導方針は「後悔のない野球を選手たちにしてもらいたい」ということ。その言葉の裏側に秘めたる、自身の指導哲学をお聞きした。

特別なことをしたわけではなく、日頃の行いが評価されて

 21世紀枠とは、困難の克服、マナーの模範や、文武両道の実現などを果たしながら、秋の県大会などで上位の成績を残した学校が特別に選出される枠である。2001年に導入されてから数多くの高校がこの制度により夢の舞台・甲子園へと足を運んできた。

 三重県立木本高校も、今年候補として選ばれた高校のひとつである。部員数はマネージャーも含めて15名という少数ながら、この秋には三重県大会でベスト4へと進出。普段は地元の清掃活動を行なうなど、地域貢献をしながら部活動に勤しむ姿勢などが評価され、今回の候補選出がなされた。

「特別なことをしているつもりはないんですよ。田舎の高校ですし、選手たちはみんな地元出身の子供たちです。地域の皆さんにも応援される部でありたいという思いを持ちながらやってきた結果、秋に一定の結果を残すことができたので、こういう風なお話をいただけたのかなと思っています」

 そう語るのは、同校野球部の西垣戸監督兼部長(以下西垣戸監督)だ。監督自身も同校の出身で、地元で長らく教育の現場に携わり続けてきた。「まさか自分たちが候補になるとは」と驚きはあったものの、「日頃の活動が評価されたのはうれしいです」と頬を緩める。残念ながら選抜大会への選出とはならなかったが、元々、今年のチームは前の代からレギュラーをはっていた選手が多いことから、夏の大会が楽しみなチームであるとのこと。これから先も注目してほしい学校のひとつである。

(写真:チーム提供)

指導法の根本は自身の苦い経験

 特に、もとから“模範的なチームであろう”というような目標を掲げていたわけではない。西垣戸監督が選手たちに伝えていることは、とにかく「自分の野球をやる」ということだという。“自分”というのは、選手それぞれを指しており、つまりは自らがそれぞれ考えて野球をやってほしいということだ。そこには、監督自身が学生時代に経験したある思い出が重なっている。

「私自身も高校球児だったのですが、正直、高校野球に良い思い出はなかったんです。当時の監督は、どちらかといえば選手たちに自信も持って『こういう野球をしなさい』と指示をされるタイプの先生だったので、スイングの仕方などとかいう細かい部分においても、監督の指示通りに野球をやっているという感覚でした。3年の最後の夏の大会を終えたときに、ふと冷静になった自分がいて、『自分らしく野球ができなかったかもしれない』と、少し虚しさを覚えたんです。もちろん、そういった部分を監督とうまくコミュニケーションをとりながら表現できていれば、結果も思いも違ったかもしれませんが、私が指導者になることがあったら、選手たちには自分たちのやりたい野球をやって、後悔なくやってほしいと思ったんです」

 実際、この記事を見ている方々の中でも、どこかのタイミングで野球から離れてしまった経験を持つ方もいることだろう。野球普及の大切さが騒がれ続けている近年においては、西垣戸監督のような経験をする選手たちを少しでも減らしていかなくてはいけない。

「選手たちに、『本当に高校野球は楽しかった』といって、これからも野球に携わり続けてほしいんです」

 競技普及の一つの鍵は、野球が楽しいスポーツであるということを広く広めていくことだ。当然ながら、いま競技に携わっている選手たちがそういった思いを持ち続けられるような環境でなければ、普及は叶わない。西垣戸監督は、その思いを胸に指導の現場に立っている。

選手たちが納得できる野球をしてほしい

 自分の野球をやってもらう。それは自分で持っているこだわりを、貫きとおしてプレーすることで自分が納得できるからだ。西垣戸監督はこう話す。

「高校野球をやりたいという選手たちは、まだ短いキャリアながらに、それぞれ自分の“野球哲学”があると思うんです。投げ方や打ち方、両面において、自分なりの考え方は持ってやってきていると思います。私自身が培ってきた野球観の中でかなりの違和感があるときだけは、少しアドバイスはしますけど、人に言われても直せない部分というのはあると思っていて。ある意味、失敗してもよいと思っているんです。失敗することで自分として納得できて、変える気が出ると思うので」

(写真:チーム提供)

 今はもう、スマートフォンひとつで何でも調べられる時代。野球に関する理論などもごまんと転がっている。どれを選び、どれを自分としてトライするかは、選手たち自身が決めること――。縛られた指導を受けて後悔が残った西垣戸監督は、自身のような思いを選手たちにはさせぬために、このポリシーを心に秘めている。

「私自身は、公式戦で同じポジションの選手が活躍しそうになったら、チームの勝利よりも、同じ選手として悔しいと思ってしまうようなタイプでした(苦笑)。ただ、指導の現場にきたときに、みんなに野球を続けてほしいと思いましたし、良い思い出を作ってほしいなと感じたんです。ある記事で、東北高校の佐藤洋監督が『子どもたちに野球を返す』という理念を掲げられているというのをみて、僭越ながら、私もすごく感銘を受けました。私自身もそういった感覚をもって指導の現場に携わっているつもりです」

 選手たちが野球を愛し続けてくれる未来を描くこと。西垣戸監督の指導方針からは、野球普及のヒントになるに違いない。

(了)

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