12月17日、18日に近畿大学で開催された日本野球科学研究会第9回大会には、現役の高校野球部員らも参加。甲子園を目指してプレーするだけでなく、自身たちのレベルアップにつながるよう科学的に野球と向き合い、その成果を発表した。3つの演題を発表した鳥取県立米子東高校野球部は、2018年の第6回大会から毎回発表参加している。高校球児が研究し、発表することでどのような効果をもたらすのか。紙本庸由監督と選手たちに話を伺った。
米子東は、文部科学省のスーパーサイエンスハイスクール(先進的な理数教育を実施するとともに、高大接続の在り方について大学との共同研究や、国際性を育むための取組を推進。また創造性、独創性を高める指導方法、教材の開発等の取組を実施)に指定されており、1年生は課題探求基礎、2年生は課題探求応用、3年生は課題探求発展という授業が週に2時間カリキュラムに組み込まれている。1年生は研究とは何かから学び、2年生になって実際に研究をスタートさせる。ただ研究して終わりにするのではなく、このような学会で発表することに紙本監督の狙いがある。
「真実がわかっていくということの楽しさを知ってほしいということと、もう一つは物事を論理立てて考えたり根拠をもって物事を考えたりというのをうちの野球部は大事にしているので、そういうものが大事だと言うだけではなく、資質・能力を身につけた方がいい。それらを得るにはもってこいの場です」

鳥取県立米子東高校野球部・紙本庸由監督
その中でも強調したのが「準備の大切さ」だ。実際、選手たちはこの日の発表の為に半年もの時間を費やしている。口頭での発表はわずか30秒。ポスターも1枚を作成し約30分着座して質疑応答する形式で、本番はあっという間に終わる。発表時間に対する準備時間は相当なものである。
「高校生が思っている準備ってすごく浅いんですよ。できましたって持ってきたポスターは、発狂するくらい(のクオリティーで)、『なんだこれ?!』みたいな(笑い)。最大努力投入力というか、選手からすれば1,2時間くらいあればできるだろうみたいな。でもそうじゃなくて何度も推敲して、何度も書き換えて細部にこだわって。たぶん、10回くらいやり直しさせています。物事の順序ってこういうことなんだということを高校生でわかってほしい。全ては逆算なんですよ。間に合わせるためにはどこまでに終わらせておかなければいけないか、プランニングもできなきゃいけないし、そういうものを野球を通して身につけようと。このポスター1枚を説明しようと思ったら残り20枚分くらいの予備知識がないと多分喋れない。そういうことも高校生はわからないと思いますし、最終的には学会から帰ってきたときに別人のようになるんですよ。ここでこれだけ大人の中で喋り倒すと、自己肯定感、自己効力感が得られる。最終的にはそれが自信の正体だと思うんです」
この発表の過程で経験すること、身につく能力こそが選手たちが社会に出て必要となるものだと紙本監督は話す。
では、実際に選手たちはどのように感じているのか。今回は、①「1アウト3塁2塁における内野の守備隊形について」、②「サウナによるコンディショニングは短期的な疲労回復効果があるのか」、③「0アウトランナー無しの得点確率及び得点期待値と選手の認識の差についての一考察」の3つのテーマで発表した。
②の研究をした後藤和志選手は「新たな発見をするということに意識が向くようになって、練習の中でもそうですし、普段の生活の中でも『これおもしろそうだな』とか、新たな発見をしたいなという思考になりました」と、思考の変化を感じている。研究結果としてサウナの疲労回復効果を数値で得ることはできなかったが、被験者からは「寝つきが良くなった」などの声があがったといい、後藤選手は「心理的なケアとして使えるのでは」と自身のコンディショニングでの導入に意欲的だった。

後藤選手が担当した「サウナによるコンディショニングは短期的な疲労回復効果があるのか」発表ポスター
主将の木下啓吾選手は③の研究を担当。鳥取県大会5年分、計283試合の統計調査から0アウトランナー無しの得点期待値及び得点確率は、1アウト1塁、2アウト2,3塁、2アウト3塁よりも高いという結果となった。
「2アウトランナー3塁だったらみんなピンチだと思うけど、自分たちはそれと同じくらいにノーアウトランナーなしに注力していく。そうするとイニングの先頭をアウトにできると失点リスクが減らせて、結局試合の勝ちにつながるんじゃないかという結論になりました。チームにもこういう声掛けをして、ノーアウトランナーなしに力をいれるのもそうですし、2アウト3塁もノーアウトランナーなしと一緒(の得点確率)とわかったら、(守っている方は)ピンチ感も薄れるので、気持ちの面でも効果がありました」
日頃から紙本監督にもイニングの先頭打者の重要性は言われているが、数字で示すことにより、より高い意識を持つことができるようになったという。さらに、大勢の人の前で話す機会を経験することで、どんな状況でも落ち着いて話すことができるなど今後に生きることも沢山あると思うと木下選手は話した。

「0アウトランナー無しの得点確率及び得点期待値と選手の認識の差についての一考察」について発表した木下啓吾選手
このように選手たちは研究・発表を通じて、人間力を形成していっている。
紙本監督が選手たちに常に話すのが「野球“が”上手になることも大切だが、野球“で”上手になることも大切」ということ。「目標の達成の仕方とか物事の見方とか考え方とか。社会人になったときに野球やっていてよかったなって思えるように育てる」。過去に学会に参加し、現在は社会人になったOBたちは「同期は逆算できない人もたくさんいて自分たちとは全然違います」と話しているという。
「夢の叶え方を知っている人、それが勝てる人。時間はお金より大事だとか。勝てる人になるためにこれまでやってきたことが生きるんじゃないかなと思います。」と、野球を人間形成の1つのツールとして使用できれば社会貢献力のある人間を育成できると紙本監督は考えている。
言うまでもないが、研究だけではない。米子東は2019年に春夏連続甲子園出場、2021年夏にも出場し、過去の第32回選抜高校野球大会では準優勝した実績を持つ名門野球部である。「甲子園の決勝の舞台に戻りたい」と紙本監督の見据える先には野球部としての結果ももちろんある。科学的な野球×甲子園決勝進出となれば、高校野球の新たなモデルとして確立されそうだ。
(文=市川いずみ)

