野球の試合を行う上で欠かせないのが審判員の存在だ。今回ご登場いただいたのは、石川県野球連盟所属の山上剛史審判員。いまの道を歩むことになったきっかけから、マスク越しに試合をみることの魅力など、プレーするのとはまた違う角度からみる世界の魅力を余すことなく語ってもらった。
地元のスターがキャリアのきっかけ。いままでにない“衝撃”
「野球というスポーツに携われることに対しての嬉しさや楽しさがあることが、審判を続けていることでの一番のやりがいですね」
石川県を中心に審判活動を行なっている山上審判員は、審判の魅力をこう口にする。審判員としてのキャリアはすでに20年近く。元々は地元の高校で監督をしていた野球部の先輩に声をかけられたのが、いまのキャリアにつながるきっかけだった。
「就職を機に地元である石川県を離れ、4年ほど岡山県で仕事をしていました。そこから地元に戻ってきた際に、『野球部の手伝いにきてくれ』と誘われて、そこで審判をしたのがスタートです。石川県立輪島実業高等学校という高校の手伝いだったのですが、同校には当時、のちにプロ入りをする丸木唯投手(元・広島東洋カープ)が在学していました。彼の投げるボールを審判員として後ろからみたときに、衝撃を受けたんです」
山上氏自身は、地元の強豪・金沢高校で三年間プレー。3年時にはチームが春のセンバツに出場するなど、レベルが高い環境にいたが、審判のマスク越しにプロレベルの選手を見るのは初めての経験だった。「いままでに感じたことがない面白さを感じて、以降は積極的にマスクを被るようになりました」。地元の原石に触れたことで審判の魅力に気付き、キャリアがスタート。経験を重ねていく中で、石川県で実際の審判員をしていた方から声をかけてもらったことから自身も連盟へと所属し、審判の道を歩み始めることになった。
審判をすることで得られる“パワー”と未知の体験
連盟に所属した審判員になったからといって、そこで日々業務をするわけではない。夏の大会期間などの繁忙期は少し違うが、基本的には週末に行われる地元の高校同士の練習試合などに派遣され、試合を担当するような仕組みだ。
山上氏も当然、例に漏れず、地元の連盟に加入してからは、平日は社会人として仕事に携わり、週末は試合会場へ足を運んで審判員をするという生活がスタート。いまでは自身の会社の代表として経営者をしながら、ときには往復4時間ぐらいの時間をかけて現場に行くこともあるという形だ。
「大変ですし、周りの理解も得られなければいまの自分はなかったと思いますが、それでも続けたいと思う魅力があります。必死になってプレーする選手たちをみていると自然と元気をもらえるんですよ。そこで得られるものは、2時間の移動時間なんて関係ないなと思うぐらいです」
東北勢初の優勝に終わった今年の甲子園のような全国大会だけでなくても、地方大会、さらには各地の練習試合ひとつとっても、日々、さまざまなドラマが起こっている。それに携わることで得られる充実度は何にも変え難いものだと山上氏は語る。そんな中で、長らくキャリアを積んでいく中で、多くのスター選手たちの姿も目にしてきたという経験もまた、いまもなお審判員を続けられる原動力のひとつだという。

(写真:本人提供)
「私は石川県のジャッジがメインですから、石川県から巣立っていった選手たちの姿を多く目にしてきました。最近では星稜高校の奥川恭伸投手(現・東京ヤクルトスワローズ)の試合も携わらせていただいた経験があります。やはり、のちにプロの世界で活躍される選手たちが投げるボールというのは、見たことのない曲がり方をしますし、高めのスピードボールは視界から消えてしまうようなほどの伸びがあったりします。野手も同様で、スイングの質が違うなと感じることがありますね。そういうところを目の当たりにできるのも、審判員の魅力のひとつなのかなと思いますね」
世界大会で感じたカルチャーショック。審判員から見ても感じた原点にかえる必要性
多くの時間を費やして審判としてのキャリアを積んできたが、大きな経験だったと振り返るのが2017年に参加したU15カテゴリのアジア野球選手権だ。
「初めて国際大会に派遣されて携わったのですが、野球の原点がそこにあると感じました。日本のチーム同士の試合では、さまざまな駆け引きや勝つための技術の高さを感じるのですが、国際大会ではもっと根本の部分というか、いかにしてストライクをとって、いかにしてそれを打ち返すかというシンプルな部分への集中力をすごく感じたんです。野球を心底楽しんでいる感じがして、すごく魅力的でした。そういったところを引き出すことが、今後の野球界の発展につながるのではというのを感じましたね」
野球人口の減少を止めるヒントは、野球を楽しむという“原点”にこそある――。指導や教育の現場でも辿り着きつつある真理のひとつは、審判目線でも感じ取られた。この経験はきっと、野球人口そのものはもちろんのこと、審判員の増加にもつながるようなヒントであるはずだ。

(写真:本人提供)
「審判に関してはただアウト、セーフと言うだけではありません。ゲームをまとめる進行役が審判として1番大事な役目なので、居なくては始まらない、終わらないスポーツです。石川県では若い審判が増えてきました。若い審判が多いという県は全国的に見ても少ないと思いますし、若い方が活躍する場が増えてきたので頑張ってほしいです。私自身も目標とされるように頑張っていきたいと思います」
野球を陰から支える山上審判員。指導者とは違う目線ながら、“原点”の大事さを胸に、これからもジャッジに携わっていく。
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