日本から見て地球の反対側にある中南米のドミニカ共和国は、フェルナンド・タティスJr(パドレス)やフアン・ソト(メッツ)など毎年MLBで最も多くの外国人選手がプレーしている野球大国だ。その育成機関「アカデミー」はMLB球団の七・八軍に相当し、5〜10年後のメジャーリーガー輩出を念頭にプログラムが組まれている。
前回の連載ではドミニカ国内外から主に16〜17歳の少年たちをスカウトし、「メジャーリーグボディ」をつくり上げていく方法を紹介した。育成年代の選手たちは身体を大きくすることが優先され、1日の練習は3時間程度に限られるなか、どのように野球の技術を養わせているのか。
その主な舞台となるのが、6〜8月に72試合開催されるドミニカンサマーリーグ(DSL)だ。
日本とドミニカの“価値の違い”
常夏のドミニカではMLB全球団がアカデミーを運営し、6〜8月に毎週4〜5試合程度のリーグ戦が開催される。約70人で2チームを構成する球団が多く、2025年には22チームがエントリーした。
選手たちは16〜20代前半が中心で、日本の高校野球や大学野球と同世代だ。
ただし、野球の“完成度”は決して高くない。2025年からパイレーツのアカデミーで指導する松坂賢コーチが語る。
「ストライクがなかなか入らない投手がいれば、ゴロを捕れない内野手もいます」
豪快なホームランや華麗なジャンピングスローなど中南米ならではのプレーも飛び出すが、イージーミスも頻発される。まるでマンガのような話だが、ホームラン性の当たりを放った選手が、三塁ベースへ走り出したという話もあるくらいだ。
「笑い話があるんです」
松坂コーチはそう言うと、DSLで見たというシーンを説明した。
一死三塁の守備で、ホームで走者を刺すべく前進守備を敷いた場面だ。現在のMLBでは打者の打球傾向によって守備位置を大胆に変化させるが、DSLでは大きく右打者と左打者で使い分ける。左打者を迎えた場合、サードはベースから大きく離れるのが一般的だ。
三塁走者はサードが三遊間に寄った守備位置を見て、リードをなるべく大きく取ろうと考える。ホームへの生還確率を少しでも高めるためだ。
そこでサードコーチャーの松坂コーチは、サードにこう声をかけた。
「左バッターだけど、ランナーにはお前が着いていけよ」
松坂コーチが意図したのは三塁走者にリードを大きく取らせないように、三塁ベース付近に守備位置を取れという内容だった。通常の左打者を迎えた場合とは異なるが、前進守備を敷く意味を考えると、三塁走者に大きなリードを取らせたくない。
ところが、松坂コーチの指示を受けたサードは手をパンパンパンとたたきながらサイドステップを踏んで三塁走者に近づき、「お前に着いているぞ」と知らせたのだ。
松坂コーチによれば、こうしたプレーが日常的に起こるという。
「日本では小学生の時に経験するようなことですよね。それが今、ドミニカでプロになった選手たちに起こっています。それほどグラウンドでやっている野球と、価値の持たせ方が日本とは違うという話です」

「野球を知らない」ことが前提
ドミニカでプロを目指す「プログラム」と言うカテゴリの少年たち(10代前半〜18歳程度)は、投手なら速い球を投げること、打者なら遠くに飛ばしたり速く走ったりすることに主眼を置いて取り組み、実戦練習はライブBPくらい(実戦形式の打撃練習)しか行わない。投打のポテンシャルが評価されれば契約に至り、走塁や守備、チームプレーはプロになってから身につければいいと考えられている。
つまりプロになるまで実戦経験を積んでいないから、DSLでは日本人から見て「信じられない」ようなプレーが起こるのだ。松坂コーチが続ける。
「ドミニカの子はアカデミーに入るまで、カバーリングや状況を見ての走塁をしたことがありません。試合をしたことがないので当然、試合の流れもわかっていない。日本ならそういう選手は『野球を知らない』と言われますよね。でも、ドミニカでは『野球を知らない』ことが前提で獲ってゼロから教えていきます」
3カ月で72試合のDSLは、何より野球を学ぶ場だ。勝敗にかかわらず一定の実戦機会が確保されているから、ミスを恐れずにチャレンジできる。それがリーグ戦の何よりのメリットだ。一戦必勝のトーナメント戦なら、こうした選手獲得や育成はできないだろう。

各選手の「プロジェクション」
MLB各球団のアカデミーは選手個々のタイプを見極めながら、何を伸ばせばメジャーリーガーになれるかとアプローチしていく。
例えば2025年1月、17歳で150万ドル(約2億3276万円)の契約をパイレーツと結んだドミニカ人のダレル・モレルの場合だ。
左打ちで守備位置はショート。身長193cm、体重81.6kg。2025年のDSLでは50試合に出場して打率.287、OPS.839、26盗塁、37四球の好成績を残し、オールスターにも選出された。契約金が示すような好素材で、松坂コーチは将来像をこう描いている。
「打てて守れて肩が強くて、盗塁ができるショートを目指していくべきです。その上で一番大事なのはバッティング。どれだけ打てるようになるのかを伸ばしていく。そのためには体づくりが大事になります」
単純に193cmという身長を考えても、体重はもっと増やせるだろう。筋肉量が増えれば、長打力とスピードをさらに期待できる。
同じく2025年1月、17歳でウガンダ人として5人目のMLB球団と契約を結んだのが、右打ちの外野手アームストロング・ムフージだ。
180cm、体重81.6kg。2025年のDSLでは36試合に出場し打率.246、OPS.689だったが、24盗塁を記録。数字を見ても持ち味はわかりやすく、松坂コーは育成方針をこう説明する。
「うちの選手で足が一番速いです。バットを振るのも速くて、バットスピードはダントツでトップ。肉体的な能力が尋常ではないんですよね。では、どうやって上で戦っていくのか。盗塁やベースランニングのスキルだったり、代走から出た後に守備に就いてちゃんと守れるようになることを堅実にやっていくほうが、チャンスが回ってくるはずです」
走塁や守備の基礎力を高めることができれば、実戦のなかで俊足も発揮しやすくなる。そうすれば自ずと出場機会が増え、打席経験を重ねながらバッティングを磨いていけるはずだ。
ともに2007年生まれで、2025年のDSLではパイレーツ・ゴールド(DSLにエントリーした1チーム)の1・2番を組むこともあったモレルとムフージだが、将来の理想像は異なる。
だから球団は選手ごとに「プロジェクション」(「Projection」=ビジネス用語で言う「将来の業績予測」)を立て、コーチやスタッフが日々の進捗を見ながら毎日のように議論を重ねながら、計画や起用法をアップデートして育てていくのだ。

一軍と八軍を同じ土俵で比較
以上が、ドミニカのMLB球団アカデミーで行われている育成例である。
DSLでは実戦機会が多く、スタッツも蓄積される。マーリンズのアカデミーには、打者なら「Plate Discipline」(四球率、三振率、チェイス率など)や「Contact Quality」(バレル率、ハードヒット率など)、投手なら「スタッフ+」や「ピッチング+」などについて、アカデミーからトップのメジャーリーグまで七・八軍相当の全選手を同じ土俵で比較する数値が張り出されていた。まだ無名のアカデミーの選手と、サンディ・アルカンタラらメジャートップの選手にどれくらい実力差があるのか、客観データで明らかにしているのだ。
日本で伝統的に行われているトーナメント戦にはミスが許されないなかで勝負強さが養われるという側面もある一方、リーグ戦だからできる育成や起用法がある。素材型の選手を獲得し、多くの実戦機会を通じて伸ばしていけるのはDSLの強みだ。
日本の高校野球とドミニカのプロ野球(=MLB球団のアカデミー)では投資額から考え方まで異なるが、スケールの大きなメジャーリーガーが育成される背景に目を向けると、さまざまなヒントが見えてくるのではないだろうか。
(文:中島大輔、写真:龍フェルケル)

