一般社団法人スポーツメディカルコンプライアンス協会が2019年から企画運営を行っている「ベストコーチングアワード」。
全国の学童・少年野球(小中学生)チームを対象に、子どもたちにケガや障害を起こさせないことに注視し、コンプライアンスへの重視・徹底が行われている指導者、ならびにチームを表彰している。
この大会で3年連続★★★(Triple Stars)を獲得し、殿堂入りを果たしたのが東京の世田谷区・大田区で活動している八幡イーグルスだ。多くのスポーツ界で指導方針などの問題が浮き彫りになっている昨今。
八幡イーグルスがどのような指導方針で子どもたちを育てているのかを、10年以上、コーチや監督としてチームに携わり、2022年度はゼネラルコーチの肩書を担うことになった、杉山剛太さんに話を聞いた。
10数年前から球数制限を導入。選手のための“指導マニュアル”
八幡イーグルスは1968年に創立。実に50年以上の歴史を持つチームだ。杉山さんが、八幡イーグルスと関わることになったのは10年ほど前。息子さんを預ける学童野球チームを探していたときだった。
「息子に学童野球をやらせるために、たくさんのチームを調べました。その中で八幡イーグルスを選んだんですが、理由はチームとしての指導方針がマニュアルになっていたんです。
いろいろなチームを調べましたが、指導マニュアルがあるチームはほかに見たことがありませんでした。また、見学に行ったとき、指導者の方が、とても楽しそうに野球を教えていたんです。
70歳ぐらいのコーチでしたが、熱心でかつ、とても楽しく野球を教えている姿に感動し、このチームに入れようと思いました」
杉山さんが感銘を受けたマニュアル作成に携わったのが、チームの総監督で高学年チームの監督を兼任する本田俊介さんだ。杉山さんによれば、本田さんがチームの指導マニュアルをつくったのは10数年前。
ある指導者が選手たちに厳しい練習を強いた時期があり、それを目の当たりにした本田さんが「地域に根ざしたチームづくりとはかけ離れてしまう」と考え、同じ意見だったチーム代表の網代保さんの了承を得て、チームの指導理念を考えたという。
「すべては子どもたちの成長を第一に考えてつくられたマニュアルになっています。そのため、うちのチームでは70球という球数制限も10数年前から導入しています。
マニュアルの内容については少しずつブラッシュアップされていますが、基本軸は変わっていません。なので、これから新しい指導者が加わっても方針が変わることはありません。
年に数回、指導者講習会も行っています。また、指導者が新しいチャレンジをしたいという場合でも、基本軸から外れていなければ取り入れることは可能なんです。このように柔軟な対応できる点も、八幡イーグルスの良さといえると思います」

褒める指導こそがエンジョイベースボールにつながる
チームのホームページに記されている「指導の理念」の中には、“子供に伝えること”という言葉がある。
そこには、“「なぜか?」をしっかり伝えて本質の理解につなげる”、“自ら考えて、失敗→成功の体験を積むことを重視する”、“主役は子供たちであり、指導者はサポート役である”とも書かれていた。
これについて杉山さんは次のように説明をしてくれた。
「私も、総監督の本田も大学まで野球をやってきた人間なので、それなりの理論は持っています。でも、その理論を子どもたちに押し付けるのではなく、子供たちが野球に興味を持ち、好きになってもらい、自分からうまくなりたいと思ってもらうことを大切にしています。
なので、あまり教えすぎないという点も指導の中で気をつけていることになります。また、うちのチームでは、選手をとにかく褒めるようにしています。よかったプレーはもちろんですが、失敗したときでも選手を認めているんです。
例えば、フライを落とした選手がいれば、落下点まで入れたのはよかったよと言葉をかけるようにしています。私自身、スポーツ心理学の布施努さんの講義を受けるなど勉強をしていますが、失敗ができる環境はチームにとって一番大切なんだと実感しています」

杉山さん自身、慶應義塾高校、慶応義塾大学の野球部で汗を流し、さまざまな経験を積んできた。
高校時代は、エンジョイベースボールを提唱した上田誠さん、大学時代は野球殿堂入りを果たした故・前田祐吉さん、後藤寿彦さん(現JR西日本野球部アドバイザー)らに師事を乞うた。
「僕は、上田先生が野球部の監督になったときの1期生。なので、自分では上田チルドレン1号と思っています(笑)。あと、大学でお世話になった後藤先生、前田先生の影響も大きく受けています。
そのため、僕の中には、上田先生、前田監督から叩き込まれたエンジョイベースボールが根本にあるんです。だから、子どもたちにそれを知ってほしいという気持ちが強いんです」
地道な取り組みで興味をひき選手増。今後も野球をやりたいと思う子どもを増やせるように
今では、基本エリアとなる世田谷区、大田区以外からも多くの選手が集まっている八幡イーグルスだが、選手の減少に悩まされた時期もあった。
そんなとき、チームでは公式ホームページのリニューアルや、選手・保護者へのアンケートの公表などの施策を考え、選手数を増やしたという。
「ホームページは、私が関わる前からありましたが、ほとんど何も書かれてない状態でした。せっかくあるのにもったいないと思い、リニューアルしたんです。
また選手や保護者の意見をオープンにしたのは、参加してくださるみなさんがうちのチームを理解していただいている確認にもなるし、多くの人に見てもらおうということになったからでした。
いずれも、部員数が減少したタイミングと重なったこともありますが、勧誘活動にも活かされたのではないかと思います」
家庭の事情などもあり、2022年度はゼネラルコーチとして、一步引いた立場からチームを見るようになる杉山さん。そんな彼に、今後、どのようにチームが成長していってもらいたいかを聞いた。
「とにかく、野球をする子が増えてほしい。ベストコーチングアワードの殿堂入りも特別なことをしたわけではありませんし、うちのやり方がベストとも思っていません。
あくまでも一つの例として、うちのやり方を知ってもらえればと思います。今、対戦相手チームに選手が揃わず、6年生同士で試合が出来ないといった問題も出てきています。
だからこそ、どのチームにも選手が揃う環境づくりというのを実現しなくてはいけません。そのためにも、子どもたちのことを第一に考えたチームが当たり前と誰もが思える野球界になってもらえればいいと思います」

