【特別インタビュー】“あなたが日本代表だ”その言葉に秘められた意味(侍ジャパン前監督・栗山英樹)

(提供 SAMURAI JAPAN/Gettyimages)

――スポーツ・ジャーナリストとしてのご経験も豊富な栗山さんが、今回のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で優勝に導いた侍ジャパンの栗山監督に、真っ先に質問したいことをイメージしていただけますか。

 なぜ、あの厳しい戦いを勝ち切れたんですか、ということでしょうか。実は、その答えを私はまだ持っていません。それを、これから自分に問いかけてみたいと思っていますし、メディアや評論家を含めて、どなたかが答えのヒントをくれるかな、とも考えています。正直に言って、どこでやられていてもおかしくない戦いでしたし、勝負事には同じように戦っても勝ち切れる時とそうでない時がある。かつて野村克也さんが仰ったように、不思議の勝ちはあるけれど不思議の負けはありません。それを実感しつつ、神様はなぜ、私たちを勝たせたのだろうという意味にも思いを巡らせています。

――日本代表が世界の舞台に立って50余年、夏季オリンピックの正式競技に採用されてからも30年が経ちました。これまで、アメリカやキューバから技術や練習法などを吸収しながら、いつか追いつき、追い越そうと取り組んできた歴史がありますが、今回のWBCでは、日本代表にも強い発信力があったと感じました。

 そういう印象でしたか。スポーツの世界で、多くのアスリートはオリンピックでの頂点を目指しています。ただ、野球には少し違う歴史があり、日本は大先輩たちの時代から「アメリカに行ってアメリカをやっつける」という意識で歩みを重ねてきた。私自身もただひたすら、そのことを念頭にチームを率いていました。自分たちの戦いを通して何かを伝えようとか、日本から発信したいというよりは、私たちが必死に戦い、それを見聞きした皆さんが何かを感じてくれたかと受け止めています。

――では、その思いでチームを編成する際、重視されたことなどをお話しいただけますか。

 日本中のすべての野球人が、このチームで一緒に野球をやってみたいと思えるチームです。子供であれ、高校生であれ、「このチームに入ってみたいな」というチームを作ることができれば、色々と感じ取ってくれるだろうと考えました。

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――選手の選考については、プロ3年目で昨年に育成から支配下登録されたばかりの宇田川優希投手(オリックス)をはじめ、若くキャリアの浅い選手が多かったという印象があります。

 私の中に、若手を選びたいという発想はありませんでした。長く活躍している選手が選ばれれば、ファンの皆さんも大きな期待を寄せるでしょうし、個人的な思いを語るなら私もそういう選手は選びたい。ただ、実際に考えたのは「誰もがわくわくするチーム」です。残念ながら中止になりましたが、昨年3月に予定されていたチャイニーズ・タイペイとの強化試合には、大学生だった矢澤宏太(日本体育大-北海道日本ハム)と山田健太(立教大-日本生命)を招集しました。チャンスがあれば、さらに下の世代の選手を呼んでもいいとも考えていました。大会の時期や規模、日本が戦う意義を考慮しつつ、常に魅力のあるチームを編成したい。その発想だったので、若い世代が多かったことはたまたまです。宇田川については、侍ジャパンに合流する前のキャンプで調子が上がらず、中嶋 聡監督から叱咤激励されていましたよね。それは、「こんな状態では侍ジャパンで活躍できないぞ」というメッセージだったと思います。反対に、育成から1年でも頑張れば世界のトップで勝負できる。侍ジャパンは、そういう夢のある場所だと考えています。もちろん、今回のWBCに招集したすべての選手が、勝つために必要だったのは言うまでもありません。

――選手選考については、もうひとつ日系メジャー・リーガーのラーズ・ヌートバー(セントルイス・カージナルス)を招集したことが注目されました。

「アメリカに行ってアメリカをやっつける」わけですから、渡米している日本人選手は全員に声をかけました。それと同時に、日本代表入りの可能性がある外国籍の選手もスタッフに調べてもらいました。そしてオファーしたら、全員が「日本代表に入りたい」と答えてきた。生粋のアメリカ文化を熟知している上に、日本という先祖の故郷への思いは、ある部分では私たちよりも強いと感じました。

 偉そうなことを言うつもりはありませんが、東日本大震災やコロナ禍の際、野球人として無力さを感じてしまうことがありました。そして、様々な面でグローバル化が進む現代でも戦争が起きる。でも、日本人選手の隣に日系人選手がいるシーンを当たり前に見ている子供たちは、その日系人の国と戦争をしようなんて思わないだろう。そんな些細なことでも、野球が役に立てないかという個人的な思いもありました。日本人だけでも強いチームは編成できるのに、という批判も覚悟しましたし、本当はクリーブランド・ガーディアンズのスティーブン・クワン外野手も呼びたかったので、結果的にヌートバーがひとりで大丈夫かな、とは思いましたけど、よくやってくれました。野球の世界では、もう国籍で何人ではなく、野球人のひと括りでいいですよね。

MIYAZAKI, JAPAN – FEBRUARY 27: Samurai Japan players after a training session at Hinata Sun Marine Stadium on February 27, 2023 in Miyazaki, Japan. (Photo by Masterpress – Samurai Japan/SAMURAI JAPAN via Getty Images)

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 チームがまとまれば言うことはありませんが、私がまとめようという意図はありませんでした。あれだけの才能や経験を持った人間が集まる組織を、まとめようとするには無理があると考えています。ただし、同じ行く先は向いてほしい、そうすればいいものは出せるはずだと。そのために必要なのが、他人事にせず、侍ジャパンを自分のチームだと受け止める気持ちでしょう。そのことを、最初に伝えさせてもらいました。

――そうして招集した選手、スタッフ一人ひとりに自筆の手紙を渡され、「チームではなく、あなたが日本代表だ」というメッセージを送られました。それに対して、選手たちが「栗山監督のために戦う」と意思表示したように、チームは一気にまとまったと感じました。

 チームがまとまれば言うことはありませんが、私がまとめようという意図はありませんでした。あれだけの才能や経験を持った人間が集まる組織を、まとめようとするには無理があると考えています。ただし、同じ行く先は向いてほしい、そうすればいいものは出せるはずだと。そのために必要なのが、他人事にせず、侍ジャパンを自分のチームだと受け止める気持ちでしょう。そのことを、最初に伝えさせてもらいました。

――国際大会のような短期決戦では、代表入りしたすべての選手がイメージ通りの活躍をできるとは限らない。むしろ、活躍できない選手が必ず出てしまうと言っていい。しかし、今回のWBCではすべての選手が役割を果たすことができたと感じます。その理由はどこにあるのでしょうか。

 何をもって「活躍」したのかという定義はさておき、野球チームには、レギュラー以外にも様々な役割がある。野球の本質は、試合に出られなくてもチームに必要な人間になる、言い換えれば「不平等を覚える」ことだと捉えてきました。今回で言えば、なかなか出場機会のない選手の「チームを勝たせよう」という気持ちが勝つために一番必要。ですから、野手ならば牧原大成、周東佑京(ともに福岡ソフトバンク)、中野拓夢(阪神)らの動きや思いは大事に考えていました。そして、彼らが他の選手以上に一生懸命やってくれたことが優勝にもつながっていますから、それを評価していただけるのはよかったですね。

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