“約21,000人”
この数字を聞いて、何が思い浮かぶだろうか。
これは全日本女子野球連盟(以下WBFJ)が2021年に発表した女子軟式・硬式野球の競技人口である。ユース世代(中学生)から社会人のクラブチームなどを合わせた数で、小学生で学童野球のチームに所属している選手の数を合わせると更に多い数になると思われる。硬式野球に絞ってみるとここ5年で40チームほどが新たに登録され、選手の数も1,000人以上増えている。
ここ数年大きな広がりを見せる女子野球界の現状について、WBFJの山田博子代表理事に話を伺った。
“女子野球を当たり前に”を目指して
女子野球界は中学から社会人に至るまでのカテゴリの加盟団体が一つ屋根の下、女子野球の発展のために活動をしているという構造になっている。

(提供=WBFJ)
山田氏は「”女子野球を当たり前に”を目指し、1つ1つ課題をクリアしてきたことで、少しずつではありますが目指している世界に近づいてきています」と語る。
女子野球界を束ねる連盟としては大きく4つの柱を掲げているという。
①強化
②普及
③環境整備
④人材育成
これら4つの柱に対して、連盟ができること、各団体や各チームができることをそれぞれ行っている。特に力を入れているのが③環境整備だという。
「例えばですが、野球場に託児所などはほとんどありません。出産した選手、監督、審判や放送の方が試合会場にお子さんを連れてくる際に託児所がない状況だと、安心して野球に向き合うことが難しくなります。あとは、トイレや更衣室ですね。女子トイレが設置されていない球場がまだ多かったり、更衣室はそもそも設置されていないといった球場も多いです。綺麗な施設じゃないとプレーしたくなる人口を増やせないと思います。そういった面での環境整備も含めて、野球を続けたり関わる上での壁を一つ一つ解消していきたいですね。女子野球に携わっている人を外的要因で辞めさせないことは一つの目標です。」と山田氏は話す。

球場内に子供を預けられるスペースを作っていくことが急務である(提供=WBFJ)
さらに、女子野球の大きな強みとなっているのが、女子野球普及に熱意を持った選手たちや周りの方による普及活動だという。
連盟として2年連続で実施している甲子園での高校選手権決勝開催、選抜大会決勝の東京ドーム開催やライブ配信という大きな施策に周りが呼応するように、イチロー選手が女子野球界を巻き込んでの試合を開催したり、また選手自身が個人的にSNSやイベント開催など普及活動をしてくれるようになってきた。
イチロー選手の件のような自然発生的な後押しもあるが、まだ連盟が大きな組織ではない状況から、現場で選手と会話する場面が多いことを利点とし、連盟としてのビジョンを地道に伝えることで選手たちも当事者意識を持って普及活動に取り組んでくれているという。
「少しずつ形になってきていますが、まだまだやれることはたくさんあります。伝統ある野球界の素晴らしさを参考にしつつ、”女子野球らしさ”をどんどん発信していきたいです」
増えつつある女子野球の競技人口。その周辺にいる女子野球に携わる方々も同様に増えてきている。「”女子野球を当たり前に”」という目指すべき未来に向けて、連盟の挑戦は続く。
大学・NPBにも女子野球拡大の波が
高校のカテゴリでは、前述の通り、甲子園開催を機に硬式野球部の学校登録が51校(2022年4月時点)にまで増加している。
しかし、大学のカテゴリに目を移すとその数は8校にまで減ってしまう。高校卒業後、大学進学というタイミングで野球を続ける選択肢が途端に少なくなってしまうという現状がある。
そんな中、東京六大学の一つとして知られる明治大学では女子硬式野球クラブが立ち上がり、硬式野球部創設に向けて動き出している。

(提供=明治大学女子硬式野球クラブ)
(監督へのインタビュー記事はこちら)
また、NPBの球団もレディースチームを持つケースが増えてきている。埼玉西武ライオンズは、2020年4月に発足した「埼玉西武ライオンズ・レディース」を支援することを発表。2021年1月には「阪神タイガースWomen」が発足し、同12月には「読売ジャイアンツ女子チーム」が創設された。
「NPBにも女子野球のチームが創設されたことは、選手たちが目指すものができたという点で非常に大きいこと。受け皿がない、野球を続ける環境がないといった理由で彼女たちが志半ばで野球から離れてしまうことがないようになればと思います」
選手と直接話すことも多い山田氏はそう実感している。女子野球を始めた人が最終的に何を目指して頑張るのか、ゴールは人それぞれである。しかし、すそ野の拡大と共に、上位カテゴリーでの野球環境の整備も同時に必要である。2010年から2021年まで女子野球界で大きな役割を担ってきた日本女子プロ野球機構は無くなったが、同時期にNPBがチームを作ったことは大きかったはずだ。
現在では、NPB母体のチームも大会参加などはクラブチームと同等の条件となっているが、NPBと同じ名前のチームができたことで選手たちにとってもプレーしたい環境が増えたことはプラスになっているはずだ。
大きなムーブメントを見せる女子野球タウン
WBFJの特徴的な取り組みとして、「女子野球タウン認定事業」というものがある。この取り組みは女子野球をシティープロモーションとして活用し地域活性化をめざす自治体を「女子野球タウン」として認定し、WBFJと共に女子野球を通じてその自治体を盛り上げていくというもので、2020年9月に取り組みがスタートした。
2022年12月時点で全国13の市町が認定を受けている。現在、女子野球タウン認定事業の広がりが顕著だという。

広島県三次市での調印式の様子(提供=WBFJ)
兵庫県淡路市は2021年に女子野球を通じた地域活性化プロジェクトでクラウドファンディングを実施し、3ヶ月間で当初の目標金額200万円の約33倍となる6,600万円の寄付金が集まった他、2022年12月には、NPBの広島カープが、広島県で女子野球タウン認定を受けている三次市と廿日市市に対して、女子野球への活動支援として、それぞれ2,000万円の寄附を行ったと発表した。
「今は自治体からの問い合わせも多くなり、想像以上のスピードで取り組みが動いていることには正直驚いていますが、女子野球に魅力を感じていただき、資金確保のツールの一つとして機能している事は嬉しく思います。今後も自治体の方と一緒に町や都市を盛り上げていきたいです」
行政や自治体は、予算が限られているというのが現状である。その中で、女子野球と一緒に取り組むことで、新しい収益構造の可能性を見出すことができ、双方にとってメリットがある形を共に創りあげていきたいと山田氏は話す。
「野球界にはこれまでの歴史があるので、日本人にとって野球というスポーツは馴染みやすい。甲子園というブランドが既にあったり、非常に恩恵を受けている部分は多いと思います。そこに女子という要素を加えてどのような女子野球界を作っていくか、いかにドキドキ・ワクワクするようなことを生み出し、明るい未来を創造するのが私たちの役割だと思っています。着実に”女子野球を当たり前に”という世界に進んでいると思っています。」
力強く語った山田氏は、野球界だけでなく他の女子スポーツ界との情報交換も密に行っているという。野球人口の減少が叫ばれているこの時代に右肩上がりに競技人口を増やしている。
まだまだ成長していく余地があり、学べるものや活かせるものはどんどん取り入れていく。更なる可能性を秘めている女子野球にこれからも注目していきたい。

